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「君の部屋の物は何一つ動かしていないし、指一本触れてない。居たのもせいぜい三十秒ほどだ。だから許してくれ、は虫が良すぎるか?」
問い掛けると、透吾は目を逸らした。中学二年生。大人の誠意な対応の接し方を知らず、戸惑っている。
下手に出ているようで、抵抗を与えない態度。迷いは、相手に付け入る隙を与えるだけだ。
「三十秒ほどしか居なかったんだけど」
口調を戻す。淡々と、それでいて明瞭に。
透吾は目を合わせようとしない。だが、耳は傾けていると、伝わってくる。
「俺には三十秒で十分だった。君の部屋に入って床に目を落とした時、犬の毛が落ちてるのが見て取れたからね。君のお母さんは何か隠してるんじゃないかって色々探したようだけど、床を注視することはしなかったそうだ。三十秒で調査を終えた俺に驚いていたよ」
「犬の毛……」
風に乗って届く透吾の声に、悔恨が混ざっていた。
「捨て犬を抱いた時、制服に付着したんだろう。君はそれに気付かず、自分の部屋で部屋着に着替えてしまったんだ。ほら、今も制服に付いてるぞ」
「えっ!」
狼狽え、慌てて制服を手で払い出す。午後六時過ぎ。日は傾きつつあるが、夜と呼べるほど暗くはない。それでも、白の半袖シャツに付着した犬の毛を視認するのは難しい。
透吾は単純だ。感情だけではなく、行動すら操れる。嬉々として、口許が弧を描くのを自覚する。幸いにも、透吾は制服を払うのに夢中で、気付きはしなかった。
「白茶色の犬だろ」
透吾の手が止まる。俺を見る目は、驚きの色を示していた。
「君の部屋に落ちてた犬の毛は、茶色が混ざった白。俺は犬種に詳しい訳じゃないから特定は難しい。が、おそらく雑種かな。それも子犬」
「……」
沈黙は答えを示しているのか。それとも、透吾にも犬種が判断できないのか。断定できるのは、子犬と指摘した瞬間、頬が微かに動いたことだけ。
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