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6.別人
「勇気さんと花子さん……どうなってしまうんだろう」
明子は心配そうに振り返り、いま通過してきた扉を見た。
「あいつらは、もう終わりだ」
普段冷静な涼也も、どことなく表情に曇りが見える。
『他人の心配をしている余裕などあるのか?』
ヘンオンが笑いながら言う。明子はグッと拳を握りしめた。
『ククク、まあいいだろう。早くその扉を開け、次の間へ進むのだ!!』
言われるがまま、明子と涼也は次の間へと進んだ。
「なんだ……これ」
「わあ、すごい」
そこには、白いスポンジのような物体で満たされた巨大なプールと、それを渡すように置かれた鉄骨があった。
「これを渡れってのか!?」
涼也は声を荒らげる。
『ああ、そうだ』
ヘンオンは高らかに笑う。
「そんな……無茶だ!!」
「お、落ちたらどうなるの……?」
明子は素朴な疑問をヘンオンにぶつける。
『ククク、いい質問だ明子よ。このスポンジには、大量の小麦粉がまぶしてある』
「小麦粉……」
「まさか、粉塵爆発か……!?」
涼也は身構える。
『ククク、いい発想だな。是非とも参考にさせてもらいたいが、今回は違う』
「なっ…」
『そこに落ちたら最後、全身が粉まみれになり真っ白けになってしまうだろう!!』
「な、なんて残酷な!!」
「テレビでよく見るやつだ……」
明子は少し楽しそうだ。
『だが、ただその鉄骨を渡ればいいという訳ではない』
ヘンオンは声のトーンを落としながら言った。
「まさか……電流!?」
涼也は驚愕の表情を見せる。
『ククク、私はあの漫画ほど生ぬるくないぞ。そこにバットが二本落ちているだろう』
よく見ると、床に二本のバットが落ちていた。
「殴り合えってのか!狂ってる……!」
『……なんだか涼也くん、調子いいね』
二人の楽しそうな様子を見て、思わずヘンオンは素が出てしまう。
『あっ……おほん、まあいい。このバットは、お前たちがぐるぐるバットをするためのバットだ!』
「!!」
二人の間に衝撃が走る。
「そ、そんな……バカな……」
「フラフラ状態でこれを……!?」
『ああ。二人にはぐるぐるバットを10周してからこれを渡ってもらう』
鉄骨は横幅15cm、長さ25m程度。ちょうど駐車場などに引かれている白線と同じくらいの幅だ。通常であれば難なく渡りきれるハズだが、フラフラ状態であれば話は別だ。
『服が汚れちゃうとアレだから、二人はそこの更衣室でジャージに着替えるのだ!』
「や、やるしかないね」
「……必ず生き残ってみせる!」
二人はどことなくダサいジャージを着こなし、立ち位置についた。
『では、ゲームスタートだ』
「絶対に落ちないでね」
「お前こそな」
二人は一斉にぐるぐるバットを開始した。
瞬間、二人の視界はぐるぐる回る。
それはもうぐるんぐるんと。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる。
どっかーんとは行かないが、立ち上がる頃にはかなりのフラフラ状態だ。
『さあ!渡るのだ!!』
先に一歩を踏み出したのは涼也だ。
「クッ……!」
続いて明子も鉄骨に片足を乗せる。
こんな状態では、もはや正しい位置に足を乗せるだけでも精一杯だ。
「う、うわああああ!!」
以外にも、先に落ちたのは涼也だった。
「涼也くん……!」
残ったのは明子ただ一人。そもそもスタート二人じゃんとか言わない。
「涼也くんの分も……私行くから!!」
明子は1歩、1歩と確実に前へ進んでいく。
「うわっ……危ないっ」
途中、何度もバランスを崩しながら。
「ああ落ちる落ちる落ちるっ!!……っぶなぁ〜…」
それでも明子は懸命に前へ進んだ。
そしてついに最後の1歩。
「あっ!」
最後の一歩を踏み外し、転倒しながらも、何とか向こう岸に渡り切ることができたのだった。
『あっ、大丈夫!?』
ヘンオンは転んだ明子を案じて声をかける。
「大丈夫、ちょっと恥ずかしいけど痛くないですよ」
明子はケロッと起き上がり、ヘンオンは安堵した。
『ふむ。よくやったな。ゲームクリアだ』
『そこにあるはしごを使うといい』
明子ははしごをプールにかけ、涼也はそれを登りプールから出た。
「ありがとう」
涼也は珍しく、明子に感謝の言葉を告げた。
「……」
明子は真っ白になった涼也を見て、笑いを堪えるのに必死だ。
『そこの更衣室を使え。シャワーもある。タオルは入り口にかけてあるから、それで体を吹くんだ。そのジャージはカゴの中に入れておけ。お前たちの着替えは、そこのロッカーに移しておいてある』
明子は着替え、涼也のシャワーが終わるのを待った。
「お疲れ様、明子さん」
「あら」
そこには、先程の間でも見かけた女の子が。おそらくわたる……じゃなくてヘンオンの姪っ子。
「私が着替えを持ってきたんだよ」
「そうなの、ありがとう。えらいね」
明子は女の子の肩に手を置いて褒めた。
「あと、さっきわたる……ヘンオンが言ってたんどけど、あと2部屋で終わりなんだって」
「うそ!もう終わり?残念〜」
明子は肩を落とした。
「でもね明子さん。最後はとっておきなんだって……」
女の子は不敵な笑みを浮かべる。
「それって……」
「とにかく、頑張ってね明子さん!」
「ちょっ」
声をかける前に、女の子は去っていった。
「……さっきの子か」
シャワーが終わった涼也が後ろから声をかけてきた。
「うん。なんだか怪しいかも」
「……だな。最後まで警戒を解くなよ」
二人は、不穏な空気を感じつつも、次の間への扉へと進むのだった。
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