1人が本棚に入れています
本棚に追加
9-1.変音
『あーあ、血出てきたよ』
ヘンオンは、さっき殴られた所をさする。
「兄ちゃん、ここどこ?」
姪っ子は不安そうにヘンオンの服を引く。
見回すと、そこはかつては栄えていた面影を残す、ゴーストタウンと化した廃墟群だった。
『まずい……自分はまだいいとしても、芽実ちゃんを巻き込んでしまった……』
ここに来てようやく、そして初めて姪っ子の名前が「芽実」という名前であることが判明する。以降、姪っ子の事は芽実と呼ぶ事にする。
「怖い……」
芽実はヘンオンに擦り寄った。
『あー……、確かにコワいわ。急にゾンビとか出てきそう』
「ちょっと!!」
『あ、ごめん。ちょっと願望が……』
何を隠そう、ヘンオンは大のゾンビ作品好きだ。
「てかさ兄ちゃん、その変な喋り方やめたら?」
ヘンオンの声は、少し独特で、妙に気持ち悪い声だ。
『あー、これかぁ。これ、マスクつけてるとこうなっちゃうんだよね』
ヘンオンはマスクのせいにした。
「まあ、こうして外せばちょっとキモめな普通の声になるんだけどね……」
マスクを取ることで、ヘンオンの声の二重かぎかっこは普通のかぎかっこになる。
『こうしてマスクをつけてないと、作者本人と見分けがつかなくなってしまう』
「わかった」
二人は廃墟となった街を突き進んで行く。
【ふはははははは!!!】
更に変なかっこをつけて、突然笑い声が響く。
「うわっ、マスクが壊れた!」
ヘンオンは驚いた拍子にマスクを破損してしまった。そのため、今後ちょっとキモめな普通の声で喋らざるを得なくなった。
「きゃっ……何!?」
【いい気味だねぇ、諸君。私は今、貴方達の脳内に直接語り掛けてるよ】
「この声は……花子!」
ヘンオンは周囲を見渡した。しかし、花子の姿は無い。
【探しても無駄。そこは私がこの世界の時空を歪めて作った世界。そこに私はいないからね】
「そ、そんな……」
芽実は膝から崩れ落ち、地面に両手をつけて打ちひしがれる。
「ますますヤバい……、俺ら帰れるかな……?」
「……兄ちゃんがもっと強かったらよかったのに」
「うっ……それは……」
【ごちゃごちゃとうるさい】
花子は割って入った。
【もういい。諸君にはこの時空でゲームをしてもらう。負けちゃったら……、ホントに死ぬかもね】
「じょ、冗談じゃねぇ……!」
ヘンオンはチッと舌を鳴らした。
【クリアできたら、この時空からは出してあげるよ。私ったら優しい】
「……ヨダレババァ」
芽実は小さく言った。
【聞こえてるぞ】
花子は声のトーンが1つ落ちた。
【まあいい。諸君には、この街で宝玉を3つ探し出してもらう。どこにあるかは秘密。見事探し当てられたらゲームクリアだ】
「兄ちゃん、宝探しだよ」
「ああ……不覚にもちょっとワクワクしている」
ヘンオンはニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべる。
【ただ、残念なことにこの時空にいるのは諸君だけじゃない。ただ探すだけではつまらないので、大小様々な鬼を用意した】
「鬼……!?」
ヘンオンはあたりを見回す。
【そう、諸君を探し出し、追いかけてくる鬼。捕まったらどうなるだろう。少なくとも、命の保証はできないかな】
「……」
【じゃ、スタート。頑張ってね〜〜】
「お、おい!待て!!」
ヘンオンが止めるも、花子の声はしなくなってしまった。
「クソッ……なんだよ……」
ヘンオンは足元の適当な石ころを蹴飛ばした。
「とにかく鬼に捕まらないように逃げる。つまり鬼ごっこって事でしょ?」
「まあ、そうだなぁ…」
ヘンオンは周囲を見回す。どこに宝玉があるかなんて検討もつかない。
「しらみつぶしに探していくしかないか」
「う〜ん……」
ふと、芽実は建物の影にうごめく影を発見する。
「ねえ、あれ何……?」
ゆっくりと、それは姿を現す。
思っていた以上に巨大なそれは、まるで地獄からやってきたかのような異形の、四足歩行の生き物だった。
「ま、まさかあれが……」
「鬼!?」
異形は、こちらに振り返る。よく見ると、額に『わさびシュークリーム』とかかれている。
「ま、間違いない……、あいつに捕まったらわさびシュークリームを食わされるぞ……!!」
「に、逃げなきゃ!!」
その瞬間、鬼は一気にこちらに駆け寄ってきた。
「わあああああ!!!」
ヘンオンは芽実の手を取り、走り出す。
【はははははは、逃げ惑え!!】
この造られし廃墟で、花子による世にも恐ろしいデスゲームが始まった。
最初のコメントを投稿しよう!