知らない。

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 改めてこうして自分の人生を振り返ってみると、逆によくここまで生きてこれたなとすら思う。  でも、それももう終わりだ。不思議と死への恐怖は全くなくて、むしろわくわくした気持ちすらあった。    おにぎりのゴミを片付けて立ち上がり、木に向かって、私を受け入れてくださいと祈る。風がさあっと吹いて、返事をするように木々が揺れた。  誰かが言っていた。祈りに応えるように風が吹いた時は、神様がそばに来たのだと。  きっと森の神様が、いいよと言ってくださったのだと思った。  準備は整った。これでやっと、楽になれる。  地面に置いていたリュックから、ロープを取り出そうとした、その時だった。  「え」  思わず声が漏れる。私がロープを吊るそうと目星をつけていた枝に、すでにぶら下がっていた。    私が。  履いている古びたスニーカーも、お気に入りのブルーのワンピースも、もう何年も放置しているぼさぼさの髪の毛も、全て今の私と同じだった。彼女の首に巻きついたロープすら、今私が手に持っているものと全く同じだ。  ぶら下がっている彼女の左手首を見る。まるで大陸のような形をした、赤いあざ。こんなところにあざがある人を、私は私以外で知らない。  間違いない。  死のうとした場所で私を待っていたのは、すでに首を吊った私だった。    
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