01 : すぐそこに

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01 : すぐそこに

「怪異ってのは、どこにあると思う」  塩見さんは僕の前を歩きながら問うてくる。こちらを振り向きもせず、ざらついた声でひとり言のように尋ねてきたので、僕は思わず答えが遅れた。 「え、ええと……自殺の名所や古戦場跡ですか」 「それは幽霊」  塩見さんは愛想なく、一言だけ返してくる。塩対応というやつだろうか。塩見だけに。  どうしようもないことを考えている間に彼はずんずん人混みの中へ歩いていってしまって、はぐれそうになった僕は慌てて後を追うのだった。 「人間が恐ろしいな、訳がわからないな、と思ったら、妖怪」 「は、はあ……そんなものですか」 「平均より首が長い人、僕みたいに顔色が悪い人、君みたいに間抜け面な人」  酷い言い様だ……。塩対応を通り越して、毒対応だろう、これは。 「そんな理由だけで妖怪呼ばわりって、あんまりじゃないですか」  人混みを抜ける。  先ほどまでのざわめきが嘘のように静まり返った街の一画で、塩見さんはこちらを振り返って、にんまりと笑った。 「さあ、どうだった?」 「え?」 「怪異だよ」 「まさかさっきの豆知識が怪異って言うんじゃ……」 「駄目な作家」  塩見さんの刺々しい物言いに、僕は言葉を失う。冷たい……。  血色の悪い彼は、背を丸めて僕と視線を合わせると、目を細めて睨むような顔つきになった。 「アンテナの一本でも張ってなよね」 「……アンテナ」 「人混みの中に沢山いただろ、違和感を覚える存在。目玉二つが顔の右側に寄ってたやつと、足しかなかったやつと、影しかなかったやつ……作家なのに周囲に気を配らなくてどうするんだい」  辛辣な人だ。  しかし僕は、そこでようやく彼が最初に口にした言葉を思い出した。  怪異ってのは、どこにあると思う。  自殺の名所でも、古戦場跡でもなく、街中の人混みにそれらはいた。誰にも気づかれないだけで、怪異はどこにでも存在するのだ。 「ようやく理解したかい?」  不健康の擬人化は、にんまり笑って歩き出す。僕が彼についていくと、どこからともなくお囃子の音が聴こえてくるのだった。  これも怪異だったりして。  アンテナを張れと言われたからというわけではないが、なんとなく感じた違和に背筋を正し、僕は塩見雪緒の後ろをただついて歩いた。  彼はお囃子が聞こえる方へと進んでいく。  しかしお囃子の音が近づいてくる気配はない。 「どこに行くんですか、せん……塩見さん」 「言ったろう。僕は怪異とコンタクトはとれても解決はできないって」 「はあ」 「お囃子、聞こえてる?」 「はい、どこから聞こえてくるんでしょうね」 「どこからでもないのさ。いくら追っても、お囃子の音は遠いまま。これを馬鹿囃子……狸囃子ともいう」 「やっぱり怪異でしたか」 「僕は怪異を解決できない。だから、君が狸囃子を知った今、案内は終わりだよ。さあ帰ろう。怪異ってこんなものだ」  今回は初心者向けの怪異だけを紹介したけれど、と彼は言う。比較的害がない、ポピュラーなものを教えてくれたようだった。 「これで小説、書けるかな……」 「知らないよ」  素っ気なく言い放つ塩見雪緒。  塩対応というやつだ。塩見だけに。
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