02 : 自己愛

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02 : 自己愛

 インパクトが足りませんよね、と担当の湖沼(こしょう)さんに言われて突き返された原稿のデータを手に、僕は項垂れていた。  喫茶店の片隅。前の席には、呼び出されて渋々やってきてくれた塩見さんの姿がある。 「インパクトは君の手腕次第じゃないか」 「そうなんですけど……」  もっと、こう、派手な怪異はありませんか。読んだ人が震え上がる、盛り上がりに盛り上がり、恐れおののくような。  弱々しい声で頼み込むと、不健康が人の形をしたらこんな感じだろう、という姿の彼はあっさりと僕に告げる。 「死んでもいいなら」 「死……」 「うん。死にたいなら派手な怪異の元に連れて行って、置き去りにしてやるけど、どうする」 「……が、害がなさそうな怪異でお願いします」  僕の頼りない期待は、ポッキリと折れた。  綺麗に折れた。  じゃあ、こんな話はどうだい。  塩見さんはホットコーヒーをすすりながら、ウェイターが置いていったフライドポテトをフォークでもてあそび、ちらりと僕のことを見た。 「ストーカーに悩まされている女がいた」 「……え?」 「その女は、自宅の扉に赤いスプレーで愛してると書かれて困ってるって、相談してきた」 「それ、塩見さんの知り合いの話ですか? いいんですか? 勝手に僕に話してしまって」  フライドポテトをひょい、と口に放り込む彼は、何も答えない。  ただ、まぶたを閉じた。 「女は、毎日手紙も入ってるんだって見せてきた」 「あ、は、はい」  僕は思わずメモを取っていた。何故だか記録しておかねばならない気がしたからだ。それが何故なのかはわからなかったが。 「その女の筆跡だった」 「……は?」  メモを取る手が止まる。 「自宅の監視カメラには、愛してると赤いスプレーで書いている女自身が映っていた」 「……自作自演」 「最初は誰もがそう思った」 「と、言いますと?」  ストーカー被害に遭っているフリの女性。その女性の悲哀や孤独。そんなものを想像して、また創造しようとしていた僕の前には、コーヒーを飲みきって窓の外を見る塩見雪緒の姿。  彼はゆっくりと口を開く。 「女は、殺された」 「えっ」  僕の驚く声は喫茶店の喧騒に掻き消される。どういうことだ。だって、自分で自分に手紙を送っていたのだろう?  塩見雪緒の、色素の薄い瞳が、僕をじろりと捉えた。 「台所にあった包丁で腹を刺されてね」 「犯人は?」 「女の家には大きな鏡があった」 「……はあ」 「倒れた女を覗き込むように、鏡の中の女自身が立っていた」 「ええ……鏡の中から出てきて、ストーカーしてたってことですか? どうやって?」 「説明がつかないから怪異って言うんだろ」  あとは君の腕で、もっともらしいことを書き足していけば。  塩見さんはそれきり、何も話さなかった。
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