03 : 鏡面

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03 : 鏡面

 はっきり言ってしまおう。  塩見雪緒は鬼である。  鏡の中の自分に殺された女性の話を聞いた後で、いったい誰がミラーハウスへ行こうなどと思うだろうか。 「鏡は昔から祭祀や呪いに使われやすい道具でね。人を映すもんだから、人の念まで映してしまうことも少なくないんだよ」 「わかりましたから帰りましょうよ」 「百聞は一見に如かずって言うじゃない」 「想像力を働かせれば一見しなくても大丈夫です、ほら、僕は作家ですし」 「売れてないだろ」 「ぐぅ」  相変わらず僕に冷たい。塩対応。しかも岩塩である。  いや、冷たいわけではないのかもしれない。ただ冷たい人なのだったら、そもそも話のネタをくれることも、こうしてミラーハウスに連れてくることもなかった筈だ。  そうだ。塩見さんは悪趣味なだけなのだ。 「……失礼も大概にしておきなよ」  僕の表情で心の声を見透かしたのかなんなのか、塩見さんの静かな一言が耳に届く。心臓が飛び上がるかと思った。  僕は慌てて彼の後を追い、ミラーハウスへと入っていった。  僕僕僕僕僕。  塩見さん塩見さん塩見さん塩見さん。  幾重にも重なる僕と彼が、きょろきょろと動き回っては消え、消えては急に現れる。 「きし」  隣でざらりとした笑い声が聞こえたものだから、息を飲んでしまった。なんてことはない、塩見さんだ。 「こんなにおっかなびっくりで鏡の部屋を歩く人間、君くらいなものだね」 「あんな話を聞かされて警戒しない方がどうかしてるんですよ!」  ミラーハウスに僕の声がこだまする。ああ、こんな場所で怒鳴り散らして……なんて虚しいんだろう。  塩見さんだって呆れたような顔で僕を見ている。指先で頬をかいて。 「あら」  なんて呟いて。 「……君、自分が今どこにいるか分かるかい?」 「こ、ここにいますよ」 「だからさ、そこがどこだか分かってるのかい?」 「えっ?」  妙なことを言う塩見さんに触れようと、手を伸ばす。透明な壁に、阻まれる。  後ろを向けば、塩見さんが僕を見つめながら立っていた。 「え、塩見さん、え? ここは……えっ」 「珍しいね。僕を介してではあるけれど、鏡の中に迷い込む人間が出るなんて」 「こちらへおいで、佐藤くん。面白い怪異を見せてあげるよ」  戸惑う僕を挟んで、塩見さんたちが言う。 「自力で出て来られるか見ものだねえ」 「怖いなら出口まで案内してあげよう。さあ、こっちさ」  震える僕を挟んで、塩見さんたちが言う。  僕は迷わず、透明な壁を叩いて叫んだ。 「塩見さん! 塩対応の塩見さん、助けてください! あなたはこんなに優しくしてくれない! 優しくないあなたが本当の塩見さんだ!」 「うーわ、今世紀最大の助けたくない人だこと」  じっとりとした目つきで僕を見る塩見さん。そんなこと、怖くて泣きそうになっている僕には関係ない。  次の瞬間、どん、と背を突き飛ばされて、僕は鏡の世界から現実へ、格好悪く帰還したのだった。 「あのね、あれも僕なんだよ、君」  僕を突き飛ばした彼を見送り、塩見さんが笑う。
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