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04 : 女
塩見さんはスケッチブックに僕の似顔絵を描いている。正しくは、僕の肩に乗っている何かを描いている。
僕には見えないけれど、塩見さんがいると言うのだからいるのだろう。出来上がった絵を見せてもらうと、僕の肩にはだらんと寝転んだサビ茶色の猫が乗っているのだった。
「ミースケだ」
「安直な名前だね」
ミースケ。
昔飼っていた愛猫が、何も知らない筈の彼によって、再び僕の目の前に。
何年も前に亡くした家族を前に、やはりこの人は怪異が見えるのだ、会えるのだと感動を覚えた。
「こいつ、よく食べるやつだったんですよ……ヒゲが焦げるほどストーブに近寄るから、柵を買うはめになって」
「そうかい」
「そういえば、塩見さんの家族ってどんな方なんですか?」
怪異に出会う体質は血筋なのだろうか? 祈祷師のお祖母さんでもいそうだな、なんて軽く尋ねたつもりだった。
塩見さんを見て、息が止まる。
色素の薄い瞳が僕を睨みつけ、八重歯の覗く口が平坦になっていたからだ。
機嫌を損ねた。嫌でもわかった。塩見さんは薄ら笑いを浮かべて僕を見る。相変わらず目は笑っていなかったが、精一杯笑おうとしているように、僕には見えた。
「まだそこまで仲良くないから、教えてやらない」
不健康の擬人化、塩対応、枯れ枝のような手足を持った青白い男、塩見雪緒。彼は怪異に出会えるが、都市伝説に出会おうとは思わないらしい。
取材してみたいんです、と口にした途端に鼻で笑われ、よした方がいいよと冷たくあしらわれてしまった。
「有名な都市伝説に出会ったら何本でも小説が書けそうな気がしません?」
「有名な都市伝説はだいたい攻撃的なんだけどね。会ったら死ぬとか、目を合わせたら終わりだとか、人を怖がらせることに特化した創作が元だから、容赦ないんだよ」
いいよ、会わせてやっても。塩見さんは静かに告げる。非常に嫌な気がする。恐る恐る彼の言葉を待つと、案の定
「死んでもいいならね」
「言うと思いました。結構です」
「言うと思ったんなら僕より先に一言一句違わず言ってみろってんだよ」
「く、口が悪い……」
鉛筆でカリカリとスケッチブックに何かを描きながら、塩見さんは僕のことを見もせずに会話を続けていた。
青白く長い指が、濃い緑色の鉛筆を握ってアーチを描く。見ていてわかったのだが、どうやら女性を描いているらしかった。
ぎょろりとした目がまっすぐこちらを向いている。それ以外はなかなかの美人だ。ワンレングスのロングヘアーで、ツーピースを着ているらしい。
オカルト雑誌の挿絵画家だけあって不気味な雰囲気を強調する描き方なのがいただけないが、この女性にはただならぬ魅力を感じる次第だった。
「誰を描いてるんですか?」
辺りを見ても紙の中にあるようなツーピース姿の女性は見当たらない。塩見さんは女性の手に血濡れた裁ちバサミを持たせるように書き加えると、そこでようやく僕を見た。
きし、と笑い声が漏れていた。
「君の後ろに立ってる女だよ」
サビ茶色の猫……ミースケが近づかないよう威嚇して、僕を守っているんだよ、と、塩見さんはきしきし笑って説明してくれた。
「都市伝説に会いに行くかい?」
「……やめておきます」
僕の声がか細く震えていたって、それは仕方のないことだ。
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