06 : 足掻き

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06 : 足掻き

 怪異はどこにでも存在する。そう、取材に行かなくとも、すぐそばにあったのだ。  例えば、夢。  塩見さんが描いていた、ぎょろりとした目の美女が目の前にいた。手には血濡れの裁ちバサミを握っている。僕は声も出せず、走ろうにも体に力が入らず、ただ自分の家の隅でその女性を見つめるだけ。  という内容を、三日連続見たときには、流石に生きた心地がしなかった。  だいたい最後には猫の唸り声で目を覚ますのだが、ミースケが僕を守ろうと女性を威嚇している、という塩見さんの説明とリンクしているようで、どうにも気味が悪かった。守ってもらえるのはありがたい。ありがたいが……連日見知らぬ女性に睨まれてハサミを向けられる夢というのは、いかがなものだろう。 「執念深い女だね」  いつもの喫茶店の片隅で、塩見さんはあららと声をあげていた。 「最後の足掻きだと思うけれどね」 「足掻き、ですか」 「僕が女を描いたろ」 「はい。そのせいで夢にまで出てきて……」 「逆だね。僕が描いたせいで、夢にしか出られなくなったのさ」 「どういうことですか」 「心霊写真って知ってるだろ」  塩見さんは話し出す。  心霊写真。見えざるものを写し出してしまった写真を言う。よく言われるのが、カメラを斜めに構えて撮ってはいけない、だろうか。  生きている人間の軸からずれた状態で撮影すると、写り込んでしまうことがあるからだという。  まあ、カメラを斜めにして撮影したことなんて当たり前にあるし、写り込んでいたことなんて当たり前になかったのだけど。 「あれと同じ作用ってこと」  塩見さんはいつものコーヒーをすすりながら、僕の肩に向かってチッチッチッと舌打ちをしていた。ミースケにちょっかいをかけているのだろう。 「同じ作用……? 心霊を可視化したってことですか?」 「他にも例があってさ。霊同士の悪巧みを偶然にもカメラに収めちゃって、事前に阻止することができた……とかいう話」 「悪巧みを阻止……その作用が、夢の中の女性にも働いているんですか? 僕は毎回、死にそうな気になるんですけど」 「気になるだけで死んじゃいないだろ」  ひどい言い草だ。  喫茶店のウェイターに頼んで持ってきてもらったフライドポテトを塩見さんに勧め、僕は話の続きを促すことにした。  彼はポテトを二つ三つ口に入れた後で、僕に指図するんじゃないよ、とざらりとした声で牽制してきた。  ミースケへの態度とはえらい違いだ。  いや、猫と張り合っても仕方がないんだけど。 「僕が女の姿を描いた瞬間に、女の存在が君に知られることになったわけ」 「そ、そうですね」 「裁ちバサミを持った姿で君を凝視してる姿をさ、目撃されたわけだよ。……自分がしてることに後ろめたさを感じてるなら、発覚した時点で逃げるだろうね」 「逃げてないんですが」 「最後の足掻きだって言ったろ。あと数日我慢すれば、そいつは消えざるを得ないさ」  何もアクションを起こしてこないのが証拠だよ、とポテトをくわえ、窓の外に目を向ける塩見さんは、今、誰を見ているのだろう。  それにしても気になっていた。女だとか、そいつだとか、霊とはいえ人だったものに対して、あまりにも冷たい言い草をする塩見さんが。その人、くらい言えないものだろうか。 「もう少し、思いやりというものを」  咎めるようになってしまった僕に対して、彼は目を細めてきしきしと笑うだけだった。 「甘いのは苗字だけにしておきなよ、君」
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