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一つひとつの記憶を辿っていると寝室のドアが小さく音を立て、俺は静かに目を閉じた。
やってきたのは日奈乃で、彼女は俺のベッドを過ぎ、まずはカーテンを開ける。お決まりの流れだ。
「おはよう、稀一くん。朝だよ、起きて」
程よいボリュームで優しく起こされるが、俺は目を閉じたままだ。このときの日奈乃の顔を見られないのは残念だが、彼女の耳触りのいい声をもう少し聞いていたい。
日奈乃の声で起こされて、目覚めたときに一番に彼女の顔を見られるのが幸せだった。だからたまに、こうして寝たふりをしてでも彼女をベッドで待ってしまう。
これくらいのわがままは許されるだろうか。
さらに日奈乃がベッドサイドに寄って声をかけてくるので、いい加減目を開ける。
「おはよう」
微笑みかけると、少しだけ日奈乃が照れ交じりの表情を見せたので、そのまま彼女の腕を掴み、自分の方へと引き寄せた。
それがどこまでなのか理解した日奈乃は、躊躇いながらもベッドの中に入ってくる。俺は、彼女を自分の腕の中に閉じ込めた。
「検診の予約午後からだったよな?」
「うん。もしかしたら今日、性別がわかるかもね」
さりげなく予定を確認する。俺も日奈乃も、午後から半休を取って検診に行く段取りになっていた。心なしか、彼女の腹部のラインが曲線を描きだしたように思う。
「稀一くんは希望とかある?」
「とくにないな。日奈乃との子どもなら、どちらでも可愛いのはわかっているから」
無事に生まれてくれたらそれでいい。とはいえ、子どもがいる生活がまだ想像できないのも事実だ。
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