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 誰も進んで言葉を発しようとしない不気味な車内で、僕は窓の外を見るのがだんだん怖くなってきた。ゆらゆら揺れる木の陰から、いまにもこの世のものではない何かが飛びだしてきそうだ。友人の機嫌を確認するため、バックミラー越しの彼を見る。するとどうやら、彼はしきりにうしろを確認しているらしかった。なんども視線をあげる様子が覗える。何もわからない状況に気味が悪くなってきて、僕はおそるおそる彼に訊いてみることにした。 「後ろに何かいるの? 追われてる?」 「変なこと言わないでくださいよ」  後輩が内側で笑いを堪えるみたいに言ったあと、友人は「何もない」と掠れた声で呟き、突然スピードを上げた。 「ちょっと、こんな暗い道で――」  僕が声をかけても、友人がそれに反応する様子はなかった。それどころかバックミラーを確認しながらスピードを上昇させている姿は本当に何かに追われているみたいで、僕はそれ以上何かを口にすることはできなかった。  ふと、帰り道で交通事故に遭うという噂があることを思いだした。僕は彼が事故を起こすのではないかと心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。廃病院を出発して一〇分が経過したころ、友人の運転する車は霊園の駐車場で停まった。 「降りるぞ」  彼は僕たちに車を出るよう促したあと、導かれるように霊園のほうへ歩いていった。やっぱり様子がおかしい。入口の前で立ち止まった彼から、大きく息を吐きだす音が聞こえた。空を流れていた雲から月が覗き、目の前に広がる墓石たちをぼうっと照らしている。行書体のような文字のふちに月光が這っている。  歩きはじめた友人に従い、僕も霊園に足を踏み入れる。また雲が流れてきて、地面に落ちていた月の光が闇に塗り替えられていく。彼がじっと眺めている墓たちは、さきほど訪れた場所とはまるで違う場所のように思えた。友人の様子がおかしいことが僕にそう思わせるのかもしれない。 「どうしたの?」  友人の眉間に寄っていた皺が緩んだのを確認し、彼に声をかける。続いて後輩も「大丈夫っすか」と心配そうに彼を覗き込んだ。しかし彼は「うん」とも「いや」とも受け取れる曖昧な返事をしたきり、それに回答することはなかった。後輩のほうへ視線を送ると彼もこちらを振り向き、首をかしげた。  それから三〇分は経っただろうか。友人は曖昧な返答しかしないし、たまにうしろを振り返ることもあるが、大体は墓石のほうを眺めている。後輩は霊園の端のほうで煙草を吸いはじめているし、僕もいい加減この場に留まることに飽きてきていた。 「ねえ、もうそろそろ行こうよ」  さすがに二軒目へ行くほどの気力は失ってしまった。帰りにファミレスでも寄って、計画を練り直そう。 「もう、いい加減にしてくださいよ」  後輩も辛抱の限界を迎えたのか、ついに友人の腕を掴み、車のほうへ引っ張っていった。友人は車のほうを一瞥したあと、また口籠もった。後輩は彼を運転席に押し込むと、自分は助手席に座った。続いて僕も、後部座席へ乗り込む。 「ファミレスでも寄りましょう」  心霊スポットの帰りに寄るファミリーレストランが一番楽しいと誰かが言っていた。たしかに、あの場所が怖かったとか、あのラップ音がどうとか、こじつけでもいいから怖い思いを明るい場で共有することが心霊スポット探索の醍醐味だと思う。予定とは違っていたが、友人のおかしな言動を問い詰めるいい機会でもある。
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