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二十歳そこそこの輝夫が宝くじに当たったと言う話は、あっと言う間に知れ渡った。輝夫の住んでいるのは小さな田舎町なので、知らない者はいなかった。
金額ははっきりとはしなかったが、かなりの高額らしいとの事だった。
何であいつなんかにと言う羨む眼差しと、何とか恵んでもらおうと言う卑屈な眼差しと、何が何でもむしり取ってやろうと言う邪悪な眼差しとに、輝夫は取り巻かれていた。
「輝夫、町中が、お前の宝くじの高額当選の話で持ち切りだ。何かされたりすんじゃないかと心配だや」
ある日、心配した父親が輝夫にそう言った。
居間の座卓には、早速取り入ろうとした隣の住人が持って来た高級洋菓子が並んでいた。しかし、輝夫は関心無さそうで、手を付けてはいない。
「心配するなよ、使い道は決めてあるんだ」
輝夫は笑顔で言い返す。
「使い道って…… 将来に備えて貯めておいた方が良いんじゃないかい?」
堅実な母親が諭すように言う。
「そうだぞ、備えあれば憂いなしだ」
父親も大きくうなずく。
「オレの趣味って知ってるか?」
輝夫は唐突に言う。両親の話を聞いていなかったようだ。
「天体観測だったっけか……?」
父がつぶやくように言う。
「そうだ。天体望遠鏡で宇宙を見ていると、すぐ手が届きそうでさ、良い気分なんだよな」
「じゃあ、お前……」
「そうだ。新しい天体望遠鏡を買うんだ。ビクセン社の『AXD-VMC260L-PD』ってのを買おうかと思っている」
輝夫はそう言うと、うっとりした表情を浮かべる。当然、両親はピンと来ていない。
「……それって、幾らくらいするものなんだい?」
母親が心配そうに訊く。
「大体200万円くらいかな? 後、色々と最高級の周辺機器も揃えたいから、どれくらいになるかなぁ……」
「まあまあ、母さん……」
悲鳴を上げそうな母親を父親が制する。
「……それでも、まだ残るだろう? それを貯めておけば良いじゃないか、なっ?」
「それはどうかな」
輝夫は腕組みをし、にやりと笑う。
「オレ、引っ越そうと思ってんだ。先ずは長野県阿智村辺りにさ。そこってさ、環境省から『日本一星空の観測に適した場所』なんてお墨付きをもらっているんだよね。まだ他にも星空の良く見える場所ってあるから、そこいら辺にも住んでみたいしな。でも、家を買ったら足りなくなるかなぁ……」
瞳を子供のようにきらきらさせながら輝夫は話し、「ビクセン、ビクセン、阿智村、阿智村」と調子はずれな歌を歌いながら、二階の自分の部屋へと上がって行った。
しんとなった居間で、両親は顔を向い合わせ、ため息をついた。
「わたしたちのためには使う気はないようだな……」
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