願わくば、弦音の響く的前で。

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「ただいまあ」 「おかえり、花純。遅かったわね」 「うん。自主練して、友達と帰ってきてたの」 「へぇ」  ローファーを脱いでリビングに上がると、予想だにしていなかった人物がソファに座っていた。思わず目を見開く。  闇夜のような黒髪に、切れ長の瞳。麗しく笑みを湛えた、名を体で表した人物。  天野麗夜。  弓道部部長にして、私の――東雲花純の従姉。 「友達って、竜堂さんのことかい?仲良くなったんだね。おめでとう」 「ありがとう、レイヤ姉!あんまり話したことなかったんだけど、いい子だったよ。今では私のライバルなの」 「へぇ!確かにあの子、的中率高かったな。ライバルにはうってつけじゃないか?」 「私もそう思う。新人戦選抜で勝負するから、今から楽しみで仕方ないの」 「……新人戦」  どこか暗い影を宿す麗夜。  ……苦笑が隠しきれない。 「そんな顔しないでよ、レイヤ姉」 「……でも、だな。花純……」  私と視線が合った。黒髪黒目。私と似た容姿。母親の姉の娘だけあり、血の繋がりを感じさせられる。 「やっぱり、入院するって選択肢は」 「ない」  ドサッと荷物を下ろした。麗夜は、たまに親の都合で私の家にご飯を食べに来る。そのまま泊まることもあって、私はこの日が好きだった。  小さい頃から憧れだった麗夜と、"残り少ない時間を"、一緒に過ごせるから。 「だって、入院したら弓道できないじゃない。私、昔からレイヤ姉と一緒に弓道やるのが夢だったのに。いつか一緒に肩並べてさ、大会で打つの。新人戦選抜で勝ち抜いたら、夢が叶うのよ。入院するなんて以ての外!諦めて、レイヤ姉」 「わかってるのか!?花純!お前の余命は、あと半年なんだぞ……入院したら少しは延命できる!」 「でも、治りはしない」  淡々と言うと、うっと麗夜が言葉に詰まった。……そう。たかだか少し延命できたとて、どうせ早いうちに死ぬのだ。  昔から持病があった。前に病院に行ったとき、余命半年と宣告された。覚悟はしてたし、いよいよか、と思った。入院は蹴った。 (冥土の土産に、レイヤ姉と射場に立ちたいんだもの)  どうせ死ぬなら、夢を叶えて死にたい。 (……あぁ、でも……)  帰りに見た、私のライバルの眼を思い出す。負けず嫌いで、いつか勝つと宣言した灯花の顔を。 (……嬉しかったなあ)  同級生に、私ほど弓道好きな人はいなかった。ただ格好いいから、という理由で入部し、だらだら友達と駄弁りながらやってる人がほとんどで――失望したものだ。  なのに、竜堂灯花がいた。私に勝つと言ってくれた人がいた。自主練もロクにしてないくせに、これからはすると、憧れだと、言って――。 (あーあ)  不覚にも嬉しかったのだ。私に勝つくらい努力すると、熱量を持ってくれた人がいて。同じ目線で物事を見れるライバルができて。 (……もう少し。もう少しだけ、生きられたらな……)  せめて、三年の総体の日まで。  最後の舞台で、勝負する、その日まで。  それまで、弓道やって。  願わくば、弦音の響く的前で。  貴女と勝負がしたかった。
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