1 シュナ

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1 シュナ

 「シュナ」は誕生した「リタ」への贈り物だった。SN1918という製造番号では味気ないと感じた夫妻は「彼」をそう名付けた。自身がその金儲けのやり方から多くの人びとに憎まれていることを自覚している主人は、一人娘の護衛兼子守り役として彼を購入したのだ。決して安くはない買い物だったが、まるで人と相違ない見た目をしたアンドロイドの少年は、期待以上の仕事ぶりを発揮した。 「お待ちください、お嬢様。こちらを」 「いらないわ。それより早くついて来なさい、シュナ」  生まれてから十度目の夏を迎えたリタは、彼が差し出す白い帽子を取らず、屋敷の広い廊下をさっさと歩く。美しく背を流れるブラウンの髪がなびき、青い瞳は毅然と前を見つめる。そんな彼女に、ため息ひとつこぼさず、帽子を部屋に置いたシュナはその背を追った。  何不自由なく育てられたリタは、勝気な少女へと成長していた。そんな彼女の我が儘に、世話役のメイドは影で文句を垂らすこともあったが、彼には何一つそんな素振りはなかった。当たり前だ、どれだけ人間らしくとも、彼は機械なのだから。  そんなアンドロイドは主人の命に忠実に従い、嘗ては幼いリタの命をも救った。権力者の娘を狙う暴漢が放った凶弾に対し、彼女に覆いかぶさってその身を犠牲としたのだ。  後に修理された彼は、一層の信頼を夫妻から得ることとなった。彼はまるで彼女の影のように寄り添い、どんな親子や兄弟よりも常に彼女のそばにいる存在となったのだ。  夏の空は青く広がり、白い入道雲が向こうの方でむくむくと手を広げている。午後の涼やかな風が緑の草を揺らし、草地の小道は長く伸びる。街を見下ろせる屋敷から更に高台へ向けてリタは歩き、シュナはその少し後ろに続いた。
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