#1 テナーサックス

1/29
前へ
/324ページ
次へ

#1 テナーサックス

 控えめな照明が、カフェに設置されている小さなステージを照らしている。  ステージにいる数人の演奏者が、各々異なる形の楽器の音を鳴らしてひとつの曲を奏でていた。  夜の雰囲気に見合った静かでムーディな曲に、居合わせた客は聞き惚れている。  しかし、その雰囲気は崩れ始めた。周囲がざわめき出したので何事かと見れば、ひとりの人物がステージ上に駆け上がっていた。  全身黒の服で、目深にフードをかぶっていて性別は分からない。体の半分ほどの大きさの、S字型で金色の楽器を首からさげていた。  確かあの楽器は、テナーサックスと言ったか。  その人物は、スタッフの制止も聞かずに楽器の先端を口に含んだ。  テナーサックスに息を吹き込むと、色っぽい低音(テノール)が辺りを柔らかく包み込んだ。伴奏の上を優雅に踊る踊り子のように、妖艶な音色を響かせている。時折掠れる音が、色気を演出していた。
/324ページ

最初のコメントを投稿しよう!

73人が本棚に入れています
本棚に追加