73人が本棚に入れています
本棚に追加
力強くも優しいのに、音色の奥深くには哀愁のようなものが漂っている。楽器を吹く人物の心の内を代弁するかのように。
まるで、この切なる思いが届くようにと祈っているようにも聞こえてくる。
その人の奏でる音色が耳に入り、私の全身を震わせる。鳥肌が立って、心臓が今までにないほどに大きく、早く、脈打っている。
ステージ上で踊るように演奏するその人に、釘付けになる。
一瞬のうちに、その人が吹き鳴らすテナーサックスの音の、虜になっていた。
ひとしきり吹き鳴らして満足したのか、フードの人物はステージから颯爽と姿を消してしまった。残された演奏者達は、何事もなかったかのように演奏を続け、周囲の客達もそれぞれの世界へと入っていた。
私だけを除いて。
全ての感情を音にのせたあの人の演奏に、涙が止まらない。
まるで演奏者の心の一番奥の、柔らかなところに触れたようだ。あまりにも繊細すぎる。
最初のコメントを投稿しよう!