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気づけば私は、その人を追ってカフェを飛び出していた。もちろん会計は済ませて。
ドアを開ければ、昔懐かしい鈴の開閉音が夜の空虚な空間に響く。
町行く人の中に、その人を探した。
夜の闇に紛れるような黒いフードの人物が、細い路地へと消えていくのを視界の端に捉えた。
できるだけ早足で追いかける。心臓が早く脈打って、その人と接近していることを知らせる。
人通りのない路地、何やら黒いケースを背負ったその人の背中を見るや、ドクン、と心臓が跳ねた。
「あのっ!」
私の声に、黒いフードの人物は足を止めた。少しずつ近づいて、顔の見える距離で立ち止まる。
「さっきの、素敵な演奏でした。それを伝えたくて……」
言葉が詰まる。ただそれだけを伝えたかっただけだったから。何も答えない黒いフードの人物と私の間に、気まずい空気が淀む。
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