白衣の戦士 新たなる旅立ち

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白衣の戦士 新たなる旅立ち

夫と離婚し子供たちとの別れに葵は絶望の淵に立たされていた。 子供たちがすべてだった葵は生きる希望を失った。 後悔と虚しさだけが心の澱となり降り積もる。 このままではいけないと感じた。 壁の時計を見上げる葵は、すっと立ち上がり歩み始めた。 桐生と別れてから二年以上の月日が経過していた。 彼はいつだって温かな眼差しで葵を見守り励ましてくれた。 ときめく感情なんてすっかり忘れてしまった自分に、人を好きになり胸躍らせ恋する切なさの感情を呼び起こしてくれた桐生。 こんな自分を本気で愛してくれた愛しい人。 だが、彼には応えられなかった。 あの時の桐生の悲しげな表情が目に焼きついて、今でも忘れられない。 思い起こせば、胸を掴まれたように苦しくなる。 それなのに、桐生は私をぎゅっと抱きしめて「いつまでも君を待っている」と言ってくれた。 嘘でも嬉しかった。後悔などしていない。 お前は彼の相手には相応しくない、身の程を知れと自分を戒め自ら別れを決意したのだから。 身も心も焦がすほど忘れられない恋だった。 あれほど、人を愛することは二度とないだろう。 桐生は今頃どうしているだろうか。きっと誰か素敵な人と結ばれたに違いない。 桐生と過ごした思い出たちが、走馬灯のように蘇る。 この空の下で、どこかの街の病院で、院内を駆け回る桐生の姿を想像した葵は、小さく微笑んだ。 葵は、高度一万メートルの上空から、窓越しに見えるちっぽけな日本の街を見下ろした。 ――さようなら、桐生先生・・・・・ 葵は、知らない街で新たなる人生に向かってその一歩を踏み出した。 それは日本語の通用しない異国の地。 そこは、夢と希望を抱いた者たちが集う国。 『強く願えば夢は叶う。奇跡だって起こせるんだ』かつて熱く語った人のことを思い出し、フフッと笑みが零れる。 以前から外国語に興味があった葵は、これを機に日本を離れ海外で語学留学をすることにしたのだ。 それは葵にとって全くの未知なる挑戦。 そこには、まだ想像もつかない新たなる人生が葵を待ち受けていた。 降り立ったその地は、英語が飛び交うとある国のとある街。 そこは、日本とはまた違う美しい景観の街並みに目を奪われる。 都会の喧騒の中に一人佇む葵は、様々な人種の人たちが行き交うその様に圧倒された。 目的の語学学校がどちらなのかもわからない。 携帯端末の地図アプリに目的地を入力したものの、端末を片手にその場でぐるぐるとまわる葵は進むべき方向が定まらない。 葵は地図が読めない典型的な方向音痴なのだ。 これで、よく海外などに来たものだと我ながら感心してしまう。 葵は、途方に暮れ困惑の表情を浮かべていた。 すると、突然背後から英語で話しかけられ肩を竦めた。 「Hello, nice to meet you. Where do you want to go?」 (初めましてこんにちは。どこに行きたいの?) そうだった。ここは日本ではないのだ。 なんていったのか理解できずアタフタとしながら振り返った。 「噓・・・・・・」 振り返った葵は、目を真ん丸にして息を呑む。 視界に映ったのは、背の高い日本人の男性。 男性もまさかの日本人の女性に驚きの表情を浮かべていた。 すると男性は、口元に柔らかな微笑を浮かべ、再び葵に英語で話しかけてきた。 「Where are you from?」(どこから来たの?) 「え!?あ、どこからって・・・・・・Japan」 葵は男性の質問に大層驚いたが、しっかり英語で答えた。 男性はうんと頷きまた質問してきた。 「What did you come to this country?」(この国に何しに来たの?) 「え?今、何しに来たかって言った?え~と、ん~と・・・・・・」 「I am studying abroad.」(語学留学) 葵は、慣れない単語を並べゆっくり丁寧に答えた。 「Is that true?」(ホントに?) 男性は目を丸くして大層驚いた様子だ。 「そうよ」 信じない男性に、葵は大きく頷いて見せた。 「Were to live」(どこで暮らすの?) 「This town」(この街) 男性は瞳を輝かせた。 「Is there anyone you ′re dating right now?」 「え?早くてなんて言ったかわからない。こんな時は・・・・・・」 葵は、翻訳アプリを起動させ、もう一度男性に言ってもらった。 携帯端末に目を落した葵は一瞬固まった。 「No・・・・・・」 首を横に振って見せた。 ――今つき合っている人などいない。すべてを捨てこの国にやってきたのだから・・・・・・ その男性はなぜかとても嬉しそう。 「Haw about you?」(あなたは?) 葵は男性に質問を返した。 「No~」 男性も首を横に振りながら残念そうに答えた。 その表情とジェスチャーがあまりにも滑稽で、思わずクスリと微笑む葵。 男性からの誘導尋問のような質問が止まらない。 「Then, do you have a favorite person now ?」 一つ一つの単語の意味を考え内容を理解した葵は、ハッと男性の顔を見上げた。 ――好きな人・・・・・・? 葵は頬を朱に染めると、俯きながら答えた。 「Yes・・・・・・」 男性は、食い入るように更に質問を重ねてきた。 「What kind of person is it?」(その人はどんな人?) 「その人は・・・・・・」 葵の心臓がうるさいくらい騒ぎだす。 葵は、頬を朱に染めながら空を仰ぎ見て、遠き日本に想いを馳せた。 「その人は・・・・・・クールに見えるけど実はとても優しくて情熱的な人。ちょっぴり強引で、突拍子もないことを仕出かしてはいつも驚かされてしまうけど・・・・・・私にとってかけがえのない人・・・・・・日本で活躍するドクターなの」 男性は、葵の返答にちょっぴり驚いた表情を見せた。 「Do you still like that person?」(その人のこと今でも好き?) 葵は、迷うことなく男性を見つめながら答えた。 「Of course」(もちろん) 男性は瞳を潤ませた。 最後に男性は、緊張した面持ちで質問してきた。 「tell me your name.」(君の名前を教えて) 葵は男性を真っすぐに見つめて答えた。 「My name is Aoi Suzukaze.」(私の名前は 葵) その名を聞いて、男性の瞳が大きく揺らいだ。 「本当に君なのか・・・・・・!?夢を見ているようだ・・・・・・!」 「桐生先生こそ!こんなところで何をされているんですか!?」 二人は異国の街角で、まさかの運命的な再会を果たした。 「ああ、正直。君に振られたのは堪えたよ・・・・・・あれから傷心の僕は、総合診療医を学ぼうかと去年この国にやってきたんだ」 「そうだったんですね・・・・・・独り身になった私は、国際的に活躍できる看護師を目指し、まずは語学をと思い先程入国したところです」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 胸を高鳴らせ見つめ合う二人。 奇跡のような出来事に胸がいっぱいになり、涙ぐむ葵の手をとる桐生。 「君が嫌だと言っても、もう二度と離さない!君は僕だけものだ・・・・・・!」 桐生は葵をきつく抱きしめた。 「・・・・・・夢では・・・・・・ないですよね・・・・・・」 葵の言葉に桐生は少し身体を離し、彼女を見つめた。 「どうだろう?確かめてみないと・・・・・・」 そこは遠い異国の空の下―― 夢から覚めてしまわぬように、二人は甘い口づけを交わした。 教会の鐘の音に翼を広げた白い鳩たちが、スカイブルーの空に羽ばたいていった。 (完)
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