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抱き締められて
「美味しいよ、ナンネ。早く食べてごらん」
ティト様はまた笑う。
お客様の言うことには従わなければ…それでも実際に私のお腹は空いていて、売っていたものを美味しそうだと思った。
…ティト様は私が空腹だったのを知っていたの…?
彼が、いつの間にか下を向いていた私の顔を覗き込み困ったように笑っていた。
「ナンネ、こういうのは嫌い?」
私は急いで首を横に振る。
そして気を落ち着かせてから言った。
「…いただきます。」
私は手にした食べ物を一口。
いつも食べている味が薄く固いパンとは違って、甘いソースの香りと濃い味の付いた温かく柔らかい食べ物だった。
「どう?ナンネ」
だいぶしばらくぶりに食べる温かい食べ物に、私の気持ちはなぜかとても落ち着いた。
彼は食べ始めた私に満足したらしい。
私は笑顔になった彼とともに夢中でそれを頬張った。
「ナンネも満足してくれたみたいだね、良かった!じゃ、行こうか!」
彼はまた私の手をそっと引き、夜道を歩き出した。
二人で宿を取り、お湯で汗を流した頃には慣れない場所を歩き回ったおかげで私に疲れが出ていた。
それでも今からは私の役目。
彼の望みを叶えなくては。たとえ自分が疲れていたとしても…
しかし、
「ナンネも疲れたでしょ?俺も疲れちゃった。でも嬉しかったよ!…ナンネ、抱きしめさせて?そのまま眠りたいんだ。朝までナンネは俺のものだから、ね?」
私のことを求めなくていいのだろうか?私は今宵買われての逢瀬なのに…
『サキュバスのナンネ』と言われた私は、求められて応えることが出来て価値があるはずなのに…
それでも、彼の温かい腕に抱き締められ、私はなんだか穏やかな気持ちになる気がした。
私にとってはとても変わった逢瀬だったけれど、ティト様が満足されているのを見てなんだか私は嬉しく感じる。
その晩私は、夢の中で彼に求められ、優しく肌を重ね合った。
寝覚めは夢を見たというのに穏やかな夢だったせいか、何故か疲れもなく起きることが出来た。
「素敵な逢瀬を、本当にありがとうございました。ティト様、またどうか…」
いつもは形式ばかりの別れの言葉にすら、今日は私の声に熱が入る。
ティト様は穏やかに笑って頷いてくれた。
私はどうしてしまったのだろう。
こんなに誰か一人との再会を楽しみにするなんて…
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