ただのナンネ

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ただのナンネ

 夜が明け、ようやく解放された私はもう動くことも出来ずにベッドに横たわっていた。 「ナンネ、今日も良かった。お前は最高のサキュバスだ。またな」  お客様はまだ外も薄暗いうちに自分だけ湯を浴びるとお金だけを置き、さっさと部屋を出ていった。  今まで何度もあったこと。  私の唯一出来ることをしたお返しにお金をもらうという、いつものこと。  それなのに今の私の心はすきま風が吹くようにどこか寂しく、何故かとても悲しくなった。  しばらくして私もなんとか体を動かして湯を浴び、破れた服の上にストールを巻いて誤魔化すと宿をゆっくりと出ていった。  面を着けて服と少しの食べ物を買い、町の隅にある私の小さな隠れ家に来ると、私は倒れ込むように小さな古びたソファーに横たわった。  ここは別のお仕事が見つからないときや逢瀬のお客様がいないときに休むだけの為の、私の秘密の場所。  割れた鏡に映る私の手足には、先ほどのお客様に付けられた濃いあざが残っている。  このままでは他のお客様に来てはもらえない。  ダリアも私のこの姿を見たら心配をするかもしれないと思うと、彼女の店に顔を出すのもはばかられる。  お金は貯めておかなければならない。だから残ったお金は隠してしまう。  しばらくは朝から夜中までの日雇のお仕事を探して過ごすしかない。  見つかるかも分からない仕事…生きられるか分からないほどの、少ない賃金しかもらえないような…  ここは寂しい…  ダリアにも会えない…  一人で過ごす夜は、何年経っても慣れない。 「っ…うぅ…」  涙が止まらなくなる。  傷だらけの私ではティト様だってきっと相手にはしてはくれないと思うと、なんだか胸が張り裂けそうだった。  前だってそう。昨晩のお客様との逢瀬の次の日は、私の服から見える手足のあざを見たお客様はそのまま去ってしまう。  私が生きるためのお金ももらえない…  私が唯一出来ることが出来なくなってしまうから、生きる意味すらも見失いそうになる。  それに初めて強く自覚したあの感情は、とても辛いものだった。  自分の感情は殺し、相手の望む者になりきってずっと逢瀬を過ごしてきた。  それが逢瀬の最中にティト様を思い出し、逃げ出したくなるほどになるなんて…  思い出す温もりはティト様からもらったもの。  先ほどのお客様から与えられた痛みは身体だけでなく、心にまで残ったまま。  私はソファーの上で、涙に濡れたまま自分をそっと抱き締めた。  優しく私に笑いかけてくれたあのティト様の笑顔は、今の私の唯一の癒しだった。
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