貴方に告げる言葉

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貴方に告げる言葉

 気付けば夜は明けていた。  またなんということをしてしまったのか…  お客様であるティト様に、何度目になるか分からない失礼をしてしまった。  優しいティト様はそれを一度も咎めたことがない。  それに私はまた甘えてしまったよう… 「ナンネ、今日も俺に付き合ってくれてありがとう…!あざはもう痛くない?」  私の身体中を一晩中撫で、抱き締めてくれたティト様は変わらず私に笑顔で接してくれる。  …このままではティト様にまた甘えてしまう。それに、いつまで経っても意に添えない私に、いつかティト様も愛想を尽かすかもしれない。  …いつか嫌われるのが怖い…  こんなにも私のような相手をも思って心配をしてくれる、こんなに優しい方でも… 「…貴方はお優しい方です、今宵も本当に申し訳ありませんでした。ありがとうございます…しかしもう、会えません…ティト様…」  何故か震える自分の声を必死に抑えて告げる。 「ナンネ…!?なぜ??俺は気にしていないよ!!…そんな…ナンネに伝わらなかったんだ…」  突然の私の言葉に、ティト様は戸惑っているらしい。  彼は悲しげに顔を歪めた。  寂しくなんてない。  私はサキュバス…人は愛さない…  相手を夢中にするため、相手の望む雰囲気で逢瀬を迎える…  なるべく笑顔を作り、私は彼に告げる。 「いいえ…私のような者にもティト様に優しくしていただいて、私は幸せ者です…。しかし、一人のお客様と一緒にいるところを頻繁に見られれば、私を指名する方はいなくなってしまいます…。それにティト様ばかりに甘えさせて頂くわけにいきません…私も生きていかなければいけないのです…」 「そんな…!!」  それでも何度も何度も逢瀬を重ねてくれたティト様が離れてしまうと考えると、自分の胸が痛んだ。  それでもそう。彼から離れなければ…  この方もきっと、ずっと私のそばにはいてはくれない…  『ただ』のナンネの隣には… 「私は『サキュバスのナンネ』です。一夜の逢瀬の夢とともに、本来なら消えなければ…。貴方のような優しい方と何度も巡り会えて、私は本当に幸せです…」 「俺はナンネと…ナンネ!!」  彼は私を引き止めるつもりなのか、私を見つめて手を広げた。  けれど… 「…さようなら、ティト様…ありがとうございました…」  私は笑顔をまた作り、頭を下げると荷物をまとめ部屋を出ていった。
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