喪失した記憶

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喪失した記憶

 次の日、私は何故か頭に霧がかかったようにぼんやりし、胸にはぽっかりと穴が開いたような変な気分だった。  見たらしい夢の内容はあまり覚えていない。  それにも増して不思議なのは、ここ何日間かの記憶が飛び飛びで覚えていないということ。  夢の中に悪魔が現れて、何かを言っていた。でも思い出せない…  悪魔は温かく、包むような優しさで…優しい声で…  …違っただろうか?あんなにいきなりの行為だったのに?  今までそんな優しい逢瀬の相手など、いただろうか…?  ずっと、私を縛り付け、私を押さえつけ欲を発散する逢瀬の相手ばかり…  傷だらけの身体を、“あの時”のように優しく擦ってくれる相手なんて…   …一体私はどうしたんだろう?そんな優しい相手は今までいなかった…はず…  私はモヤついた記憶の霧を振り払えないまま、ソファーから起き上がった。  その日、私は朝から町に出掛けることにした。  この変な気持ちを早く落ち着かせたかったし、私を必要としてくれる人を探したくなったのもあった。  ダリアがくれたビスケットを少し食べ、着替えを済ませる。  面も着けず薄化粧だけをし、着飾らず動きやすい姿。  いつもは朝に客を見送ってから自分が休み、それから別のお仕事を探しに出掛けたりする。  目覚めた朝から出掛けることにしたのはだいぶ久しいことだった。  夜とは違う装いの、爽やかな朝の町。  いつもは逢瀬後に面を着けたまま、破かれた服を買い直したり空腹を満たすための固いパンなどを買うために立ち寄るだけ。  いくつもの工場や店を周りお仕事をもらえるよう頼み込んだけれど、誰も私に取り合ってはくれない。 「小娘が!!とっとと失せろ!」  どこへ行っても門前払い。  それでも私は必死に頼み込んだ。 「お願いです…!!私にお仕事を下さい!!ほんの少しでいいんです…!」 「身体でも売ってりゃあいいだろう!」  …卑しい大人は皆そう言う… 「それは…」  何も出来ない『ただ』のナンネは、 「邪魔だ、失せろ!!」  ただ店先から、入口から爪弾きにされて… 「きゃっ…!!」  …やはり私は『サキュバスのナンネ』でいるしか…  まだ明るい、町の雑踏を聞きながら私は立ち尽くした。 「あ…」  ふと下を見ると、小さな人形が落ちていた。  そっと拾い上げる。  雑踏で薄汚れてしまった、小さな腕に収まるような人間の姿の少女の人形。  それはまるで自分のようだと私は思った。
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