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「ただいまぁ」
誰も待っていなくたって、ついつい口にしてしまう。ひとり暮らしも10年を超えると、比例してひとりごとが増えるのだ。
パンプスを脱いだ瞬間、足に訪れるのは解放感。
そう、明日は、休みだーっ!
「ふぃー」
シャワーを浴びて部屋着に着替えたら、待っているのは冷蔵庫。
「ふふふ。お待たせ」
鎮座しているのは缶ビール。発泡酒ではない、正真正銘の生ビールだ。
この1週間、わたしを待っていてくれてありがとう! 生ビール様!!
「ひゃっ」
きんきんに冷えた缶はシャワーで火照った体に染みる。
あぁ、どうしよう。
にやにやが止まらない。
かしゅっ。
プルタブを開けると同時に口をつけるわたし。
クリーミーできめ細かい泡はまるで絹のよう。そして喉に届くビールの香り、味、本体。炭酸はきつすぎず弱すぎず、最高の喉ごしは地獄という名の労働を乗り切ったわたしの隅々まで広がっていく……。
「はーっ! 最高!!」
ビールが苦くて不味いと思っていた20代のわたしへ。それはそもそも美味しくないビールであり、美味しいビールは苦くない。美味しいビールは、美味しいのである。以上。
一気に缶の半分くらいまで飲んでしまうと、ふわふわとした感覚に包まれる。
さて、ここからが今晩のメインイベントだ。
冷蔵庫を再び開けて、取り出したのは今日が賞味期限の豚小間。そしてどれだけビニール袋で包んでもにおいが漏れている使いかけのキムチ。
肘で冷蔵庫の扉を閉めて、食材をキッチンに置く。
玄関脇の小さなキッチン、コンロにはフライパン。軽くごま油を流しいれ、火をつけた。
じゅわー。
「料理なんて食べられればなんでもいい。ビールに合えばさらにいい。byわたし」
ごま油が香ってきたところで、豚小間とキムチを投入する。
じゅわー。ぱちぱちっ!
「いたたた。はねないで、はねないで油」
肉どうしが重ならないように菜箸でぴっと広げてから適当に炒める。右手に菜箸、左手にはビール缶。
なんとなくフライパンの中身が一体化してきたら完成だ。
「完成、お手軽豚キムチ!」
なお、菜箸をキッチンのシンクに置いたら、ふつうの箸をスタンバイ。キッチンで立ったまま、フライパンから皿に移し替えることもせずいただく。
洗い物が増えるのも、狭い部屋がにおいに包まれるのもいやなのだ。
「いっただきまーす」
まずはビールをひと口。
そして、熱々の豚キムチを目いっぱい頬張る。加熱されたキムチは辛みも酸味も和らいでいてマイルドだし、食感もしゃきしゃきからしなしなに変わっている。100グラム98円の豚小間だって炒めたばかりならやわらかく噛み切りやすい。何よりも、ごま油がキムチと豚小間を程よくまとめつつ主張してくれているおかげで、立派な一品に仕上がっている。
「はぁ……。ビールが進む……」
かしゅっ。
2缶目、こんばんは。
どんなに仕事が辛くても、ビールが待ってくれていると思うと頑張れる。
単純だけど、これがわたしの身の丈にあった生活。
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