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送迎バス
「皆さん、本日はお忙しい中、当ゴルフ場にご応募いただきまして有難うございました。
皆さん、総務の山寺から交通費は受け取っていただけましたでしょうか?」
「ハ~イ、沢山いただきました。折角、採用していただきながらホント・・お役に立てず申し訳ございませんでした。
至れり尽くせりのご対応までいただいただけ恐縮しております」
「いいえ、またこの先、お考えが変わるようなことが御座いましたら、ご遠慮なく私し、事務長の間宮までご連絡くださいませ。
最後も、私し間宮が運転するこのマイクロバスで駅まで送らせていただきます」
最後まで見送ることを恒例としている間宮は、車内での挨拶を済ませると自身が運転するマイクロバスを走らせた。クラブハウスを後にして。
この度のキャディ応募者も、面接後には全員が自ら採用を辞退したのである。
いつもの事であるが、どうやら間宮が得意とする『仏の精神論』を論ずることが、応募者に敬遠される主な原因になっているようだ。
こうなると、どちらが面接官なのか錯覚してしまいそうになる。
間宮が運転するマイクロバスは蛙木駅のロータリーに差し掛かっていた。
「前方信号青! 左よ~し、左曲がります・・」
確認歓呼した間宮がハンドルを左に切ろうとした、その瞬間である。
マイクロバスの前方を、右側車道から何かが勢いよく通り抜けて行った。
「あっ!危ない!」
それは少年が乗る自転車だった。
間宮は咄嗟に急ブレーキを踏み込み激昂した。
「こら!!・・危ないやないけ! お前!死にたいんか!・・このボケが!・・ホンマ・・」
しかし密閉された車内での間宮の声が聞こえるはずも無く、その少年の自転車は、何事も無かったように商店街の人混みに消えてしまった。
勿論、座席に座っていた5人はスピードが出ていなかったとはいえ、前かがみになりつつ驚いた。
「わぁ~ビックリした!・・」
「すみません! 皆さんお怪我無かったですか? あっ、尾中さん・・大丈夫ですか?」
間宮はサイドブレーキをロックすると後ろを振り向いた。
「尾中ですけど!・・大丈夫です、でも驚きました、何があったんですか?」
「ホント、最近の自転車は無茶しよる! ルールを守らん! 事故ったら、車が加害者になるんやから、ホンマやってられんわ!」
流れのまま間宮はさらに後ろに座る御手洗にも言った。
「驚いたでしょ⁉」
御手洗は間宮に言った。
「えぇ、事務長さんも怒鳴ることって在るんですね⁉・・私はそれの方が驚きました」
間一髪、事なきを得た間宮の運転するマイクロバスは無事停留場に到着、応募者全員を下車させると、駅構内に消える彼女たちの背中を見送った。
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