六.

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六.

滅茶苦茶(めちゃくちゃ)になった世界の中で、それでも動物や植物は生き延びている。 僕らはそれを、必死に探し出し追い回し手に入れて、食べる。 つまり、『狩り』だ。 『真人(シンジン)』の一員になって長らくは、小さなナイフのみを持たされ、狩りと、狩りで手に入れた食材の調理をやらされた。 予測も困難な異常な荒天(こうてん)の中を、仲間たちとどうにか連携して獲物を狩るのだが、当然そこでも死傷者が出る。 ひどい天候の変動に耐えられず、もしくは単に身体能力に優れず(がけ)から落ちたりして。 それも全ては『試練』だと言う。 そうやって奇跡的に手に入った獣は、ナイフと素手のみで(さば)く。 最初はひどい嘔吐(おうと)に襲われてその解体作業に加わることすらできなかったが、不思議とすぐに慣れた。 テロリストなんかの言い分に乗っかるのは不愉快だが、きっと人間に刻み込まれた記憶、本能のようなもので、それが人間の求めるべき食材であると素直に理解し、認識されたのだろう。 平穏だった頃の暮らしでは、元の食材が何だったのかわからない程にまで加工された食品ばかり食べていたが、目の前で解体される動物から放たれる血や肉の臭いは、そもそも僕らが毎日『何かの生物の死骸』を食べて生きていたのだということを、思い出させた。 あぁ、僕は、こうして生きているのか。 極限の原始生活の中で、僕は何か深い納得感を得ていた。
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