【異界流天使ミカド】神に緊急念力は通じるのか

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マピュレータ朝末期のメリーグッドマン七世は苦悩していた。破竹の勢いで日に日に版図を広げるマピュレータ大帝国。しかしその運営は盤石ではなかった。大陸の9割を実効支配し統一まであと一歩というところで踏みとどまっている。少数民族や蛮族が大帝国の侵攻を阻んでいるからだ。そこで彼は起死回生の策として法力使いのミカドを遥か北方宇宙の天安門星から呼び寄せた。帝国の折半と引き換えに。 メリーグッドマン七世は盛大に彼女を出迎えた。 『待ちわびたぞ!ミカド。そなたの力。万能であると聞く』 『うむ。いかなる状況も通じる』 「ならば、頼む」 『うむ』 と言ってミカドが念じた。 メリメリと音を立てて帝王の間に世界が開けていく。 そこには大陸のミニチュアが浮かんでいた。彼は概念を外科手術できるのだ。 ロジスティクは南蛮宇宙の徒が打ち立てた霊核に蝕まれている。中央山脈に聳え立つ釘。その高さは天空に至る。追い詰められた者たちの拠り所だ。 メリーグッドマンはううむと唸った。ミカドを探し当てる間に霊核から強力な霊脈が大陸に根を張っている。今のうちに倒さねばマピュレータ朝は滅びる。 しかも霊脈を骨格にして巨大な剣(フィジカルブレード)が育ちつつある。 幹の部分である霊核もまた巨人(フィジカルボディ)の腕を形作っている。 大陸を突きさす筋肉質の片腕、そして剣。放置しておけばどうなるか想像だにおそろしい。 「もちろん、そなたはあれに通じておろう?」 帝王は声を震わせる。ミカドは表情を硬くした。 「正直言って霊核破壊の念力。霊脈の破壊力は並みの霊子結晶で対抗しきれない! ゆえに霊核破壊の念力は通じないことを承知したまえ、フィジカルボディの霊脈とフィジカルブレードの霊脈、両方を同時に破壊する!」 ミカドは一糸まとわぬ姿になると全身の文様を輝かせた。するとフィジカルボディの脇にターコイズブルーの八角柱が現われた。電流が大陸を抱き抱えた。 それがみるみるうちに青ざめる。霊脈の力を吸っている。霊子晶だ。 『霊核破壊の霊波を通じる!』 霊法の発動を悟った、というより霊法を発動するための思念思念エネルギーが、霊核破壊の念力となって、空の彼方の霊脈にも、地の底の霊脈にも、この宇宙の底の霊脈にまで届いた。ミカドは呼びかける。 「母なる大地よ。霊子結晶ごと! お前の鬼子ごと。今ここで切り離せ!」 巨大な青い水晶の塊が空中に出現して光になった。霊子結晶は青い水晶とは思えないほどに真っ赤になる。そして、そのまま地の底の霊脈にまで届く。 霊子結晶から発する強烈な霊力を感じた。そして、これまでの霊動が嘘のように、あっという間に霊子結晶は青い水晶の中心にまで到達した。だが、青い水晶の中心は誰も反応していない。 「霊子晶?」 霊子晶に異変が起きた。霊域が赤い光と共に青く発光し、赤い光は青い水晶の中心から上に突き立っている! 青い水晶の中心が溶けている! これは一体! 『どうする、霊子晶は光に溶けるのか。それとも赤に溶けるか』 メリーグッドマンにあおいだ。どちらに転んでも大陸へ被害を及ぼす。 「まさか!」 『霊子晶の中心に、その存在を認識し、その存在に通じる道を開くだろう!』 「ならば止めねば!」 赤い水晶の中心が青い水晶に飲み込まれ、青い水晶の中心も青い水晶の中心の一部となり、青い水晶の中心が透明な水晶に変化して、青い水晶の中心が溶けた。青い水晶は黒から緑に、緑が赤に変化し、元の白い水晶にも戻る。青い水晶は透明度が回復し、透き通った紫に変化する。 ミカド一人では手に負えない。使い魔のエトワールを召喚した。 「どうしたのですか?」 人語を解するコウモリが駆けつけた。 「ここの壁は透明なんだな。お前はどう思うね」 「透明だからどんどん青さが増していってますね」 「赤と緑。そして、濃紫と青。それで霊子晶を封印しろ! そして、霊子晶と赤く照らし、ここの壁を作ってくれ!」 「私ごときでもなんとか出来るのかな」 「できるよ。霊子晶を見つけて、俺の思い通りに動かせばいい」 「よし、わかった」 青い水晶の中央から淡く光る光が漂い、透明だった青色の水晶が青い水晶に変化し、光る透き通った紫の水晶に変化して、光る赤い水晶に変化する。それを観察してミカドは思った。 なんだこの光景は。霊子晶が青く発光してる! これが霊子晶の力か! 光る水晶は青い球体に変化して、壁にぶつかり、透明度の上がった赤い水晶に戻る。これは……。 「どうだ、光る水晶ってのは、青だ。これは、透き通った紫。いや、紫だろう? でも透明で透いてるな」 ミカドが思案しているとメリーグッドマンが口をはさんだ。 「これはどれ程、霊子晶を封印しにくいんだ? 」 「これは霊子晶を封印するための霊器でない……?」 ミカドは何か気づいたようだ。 メリーグッドマンも指導者として術の心得がある。自力で確かめようとした。 「俺が試してみよう…こ、これは…霊器でない!?」 「いや、待て……。まさか、透明な白い水晶と、透明な透き通った紫を、霊器にしているのか……」 ミカドは何か思い当たる節があるようだ。 「母なる大地が恒常性(ホメオスタシス)を発揮して好転反応を起こした?」 エトワールが師匠を補強した。 「だが、それだけではないな。エトワール。この透き通った紫が、青い水晶ではどうしようもないから、霊器として……?」 「透き通った紫の……まさか、霊器が……」 「そうだ! 透明な紫の水晶は、誰かに頼んで使わせる為に用意されていたんだ」 「頼まれて、ですか……」 エトワールの知識では第三者の関与を説明できない。 ミカドは分厚いを紐解いた。ありとあらゆる世界には主人公(かみ)がおり、彼の生きざまを記したブックが準備されている。 透明な透き通った紫は、白い水晶で封印され、透明な透き通った紫は青い水晶として……というように、この物語の設定から受け継がれている。しかし、それだけではない。 ミカドはブックを読み進めた。 もし、透き通った紫があの透き通った水晶になったら、物語の主人公はどうなってしまうのだろう。 主人公の目は、どうなってしまうのだろう。 その為、もし、主人公にその水晶が封印されてしまったなら。 もし、主人公が何かしらの悪用されてしまう。 そんなことになったらマピュレータ大帝国が一瞬にして滅んでしまうだろう! 国破れて山河在りて臣民の屍累々。大帝国の栄華は歴史年表の一行にまとまってしまう。 世界の主がみずから盲目になる愚はない。となると痴れ者は神の次席にいる。 「よいですかな?大王様。そなたは王の中の王として頂点に立つもの。しかし滅亡した帝国に君臨して何になるというのです?」 「うぬう!痴れ者め。私は民を統べ導くべくその地位を神授されたのだ。たとえ最後の民が倒れようとも天が私に王者たれと命じている。民ならば、民ならばっ、いくらでも連れてくればよいわ!」 「それは立派な志で、しかし、もう一つお聞かせください。その民とやらは大王様を慕いますか?」 これは聞き捨てならない台詞だった、いかな異星の客とて言ってよい事と悪いことがある。 激高した大王はミカドをバスタードソードで一刀両断した。 「無礼者めが!」 肩で息を整える大王の足元に鮮血の池が広がっていく。ミカドはまだ生きていた。 息も絶え絶えに大王を責める。「良いのですか? 大王様、契約内容を憶えておいでですか?」 シャン!、と刃が鳴った。 「しぶとい奴め。この期に及んでまだ私を愚弄するか! とどめを刺してやるわ」 しかしミカドは大王に私利私欲の愚を突き付けた。 「世界を折半すると合意しましたよね。既にその呪文が効果を発揮しております。そして半分の受け取り手である私が死ねばどうなるか、あなたはご存じで無い」 「なにおう?戯言を」 大王はバスタードをミカドの口にねじ込んだ。その頭蓋は崩れ、べちゃあっと嫌な音を立てて散った。 「知れたことよ。世界は私の手中に収まる」 シャンっと剣が鞘に収まる。 しかし、大王がその後の世界を支配することはなかった。 「ヲ?」 珍獣のような断末魔を遺して大王は肉片に帰した。 天安門星から都市型マザーシップの大編隊が押し寄せたのだ。 ミカドは地球に派遣された唯一の天安門星人である。星の権益を代表する大使ともいえよう。 それが蛮族の王に咎なく殺されたのだから外交問題になる。 大人しくマニピュレータ大帝国は地球を異星人と折半していればいいのだ。 ミカドは律儀にも大王の良い面を母星に報告し、外交関係の樹立を準備していた。 それがゆえの戒めであった。 しかし今となっては大王の人となりが知れ渡ってしまったので和平はありえない。 「大王、もしそなたが土壇場で悔い改めていればミカドの緊急念力が契約の成就をキャンセルできていたものを」 都市型マザーシップのAIは大陸にビームを照準した。 おわり ブックは閉じられた。ミカドの魂は次なる主人公のもとで再生するだろう。
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