2章 鉛の毒はいかがでしょうか

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 前に私が毒を盛られたパーティーにも参加しており、遠目だが笑っていたような気がする。これほどの騎士がすぐさま取り囲んだのも、この人が命令したからかもしれない。 「今は時間がありません。シリウス様が病気を患っておいでです。一刻の猶予もありませんので騎士を引かせてください」  ダメもとで伝えてはみたが、ヒルダの様子は変わらない。それどころかもっと強行しようとする。 「何をしている馬鹿たち! 早くその女を捕まえないか! シリウス様を苦しめたのもどうせこの女よ。もっと強力な毒を薬と偽るに決まっています!」  ヒルダの余計な一言のせいで騎士たちもまた距離を詰めようとする。患者のために薬を作っただけなのに、良かれと思ったことが裏目に出たのだ。  知らないフリをしていれば何もなかったが、無駄な正義感を働かせたために私へ罰が下ったのだろう。これほどの数を相手すればどうせいつかは毒も切れて捕まるのは目に見えている。私は目を閉じた。余計な罪を増やす前に諦めた方がいい。 「大人しく観念すれば痛いようには──」 「ちょっと待ちな」  騎士が私へ手を伸ばしてきたときに、渋い声が響き渡る。ヒルダの後ろから誰かがやってきた。日を避けるようのツバの広い帽子を被った男がタバコを吹かしながら野次馬たちの間を歩いてくる。  ボロボロのマントを羽織っており、道を間違えたおじさんのように見える。しかし場所に似合わない服装をするこの男性を誰も止めようとはしなかった。 「そこのお嬢ちゃんは帝国の皇太子様の妃候補だった子だろう? 何があれば騎士を動員することになるんだ。帝国に喧嘩を売りたいのか」  この男が誰かは分からないが、ヒルダを除いて他の者たちは脅しで腰が引けている。  だがヒルダだけは強気な顔を崩さなかった。 「その女がシリウス様に毒を盛ったのです。今も部屋で苦しんでいると、彼の侍従から報告を受けております! それなのにそこの女はもっと強い毒をシリウス様に与えようとしているのですよ!」  ヒルダは私を悪役に仕立てあげたいようで、ベラベラと適当なことを抜かす。いいかげん腹立たしくあった。 「ふざけないでよ。鉛の皿で食事を摂るから中毒症状が出ているんでしょうが!」 「なんだと!?」  私が声高に潔白を言うと、帽子を被った男性だけがその異常に気付いてくれた。 「まさか俺がいない間に……」  帽子の男性はヒルダをジッと見るが、ヒルダは顔を背けて顔を合わせようとしなかった。これは思わぬところで助け舟が来たので乗っかるべきだろう。 「なんでもいいから早く退いてください。薬は出来ているのですから、これを飲ませればすぐにでも良くなります」 「貴女みたいなよそ者を信用できるわけ──」  まだ邪魔をしてくるヒルダの言葉を遮るように、帽子の男性がマントでヒルダを隠した。彼の目が私を見つめ、心の奥底を覗いているようだった。そして目を離して、声を張り上げた。 「お前たちは退け! 俺の責任で許可する」  ざわざわと周りが騒つく。騎士たちが本当に通していいのかと探り合っていた。  ヒルダはずっと喚くが帽子の男性も譲らない。 「もし何かあればすぐに俺が首を刎ねる。お嬢ちゃんもそれでいいだろ?」  当然と首を頷かせる。私が作ったので成分に間違いはないのだからいくらでも約束してあげる。 「もたもたしてられんな、シリウスの部屋に行くぞ」  帽子の男性が先導してくれるので、私とエマは続く。  後ろでヒルダが睨んでおり、この男性には強く言うことが出来ないようだった。  ──いい気味よ。  心の中で舌を出して、相手を小馬鹿にすることでやっと溜飲が下がった。  シリウスを呼び捨てに出来るのなら、おそらくは王族と所縁のある地位にいる方なのだろう。 「先程は助かりました」 「ありがとうございます!」  助けられたのは事実のため、私とエマはお礼を述べる。すると帽子の男性はニカっと笑って、先程よりも朗らかな顔をする。 「ノートメアシュトラーセ伯爵の娘さんを信じないわけにはいかんからなぁ」 「父をご存知でなので!?」  父は顔は広いがまさか蛮国とも知り合いがいるとは思わなかった。もっと話を聞きたかったが、すでにシリウスの部屋に辿り着いたので、今は苦しんでいる彼を助ける方が先だ。今も膝を突いて、痛みがひどそうに頭を抱えている。 「これを飲ませてあげてください」  私は帽子の男性に錠剤と水の入ったコップを差し出す。おそらく私が飲ませても嫌がってしまうだろう。だが帽子の男性は目を丸くして、首を横に振った。 「お嬢ちゃんがやりな。そっちの方が喜ぶぞ」 「そんなくだらない冗談を……」  知らんぷりと顔を背けられたので、私がやるしかない。腰を屈めて彼の耳元で話す。 「シリウス様、今の病気を治す治療薬です」  指に摘んだ錠剤を見せて、彼の顔がこちらを向いた。頭を抑えながら目を細めており、私の言葉はしっかり認識しているようだった。  なかなか受け取ってくれず、やはり私が持っていては疑ってしまっているのかもしれない。別の人間に任せようと立ち上がろうとしたら、彼の首が動いた。 「えっ……」  指で摘んでいる錠剤を彼は器用にパクッと食べた。そして水を飲まずにそのまま喉を通す。まだ薬が効くまでは体もキツいだろうから、背中をさすって少しでも苦痛を和らぐようにする。 「うっ……」  痛みに呻く回数もどんどん減っていき、完全に彼の呻きが消えたのは朝になってからのことだった。 「痛みがない……」  シリウスは自分の額をさすり、そして私の方へ顔を向ける。  痛みがなくなったおかげか、仏頂面ではなく優しそうな顔になる。 「ありがとう……カナリア」  私も彼の無事を見届けたことでホッとする。同時に体の力が抜けて平衡感覚を失った。 「カナリア! しっかりしろ! 誰かッ、医者をだせ! カナリアッ、カナリアァァァ!」  シリウスがギリギリ私を抱えてくれたが、私の体力は尽きてしまい意識を失った。
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