2章 鉛の毒はいかがでしょうか

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2章 鉛の毒はいかがでしょうか

 シリウスとの初夜は失敗に終わり、私は自室に戻ってすぐに横になった。  ──明日謝らないといけないわね。  初夜を逃げ出そうとするなんて自分がするとは思ってもいなかった。  どのように謝罪をしようかと考えているうちに朝を迎えたのだった。  次の日になって、シリウスの部屋まで謝りに行ったが、今日非番だった護衛騎士の人から、シリウスは王城へ行っていることを告げられた。  ──また次の機会にしましょう。  帰ってくるまで暇で気持ちが落ち込んでしまいそうだったので、気持ちを紛らわせるためにも薬室へ向かった。まだまだ薬は作り終えていないので、今のうちに私の安全のためにも薬を作っていく。 「今日はここまでね」  ふと自分の匂いを嗅ぐと思わず、「うッ!」と声が漏れた。朝から薬草を触っていたせいで、かなり臭いが移ってしまった。 「エマ、お風呂に入りたいからすぐに用意して」 「もう準備できておりますので、これから向かいますか?」 「準備がいいのね。なら行きましょう。薬も何個か持っていきたいから、一度お部屋に戻りましょうか」  袋に詰めて、エマに薬を持ってもらった。エマが抱える大量の薬を見て、これで自衛ができるとホッとする。気持ちに余裕が出てきたところだったが、私を探していたメイド長とばったりと会ったせいで嫌な予感がした。 「こちらにいらっしゃいましたか。勝手にうろつかれては困ります」  メイド長はぞんざいな言葉と視線を私に向けてくる。まずは挨拶が先だろうと言いたいくらいだ。  エマは少しビクビクしているが、私は気にせずメイド長の横をすり抜けた。 「ちょっとお待ちを! お話がまだ、うっ──!」  私の腕を掴まえると、メイド長は鼻をつまむ。薬草の臭いが染み付いているので、臭いに耐えられなかったようだ。私の腕を掴んでいる手とメイド長の顔を交互に見た。 「この手は何? たかが使用人が私を止めるっていうの?」 「ひっ!」  残念なことに今は機嫌が悪い。  脅すような低い声を意図的に出して、誰にどのような行動をしているのか分からせる。メイド長は怯えるように手を離すが、すぐに繕った高圧的な態度を表に出した。 「帝国の伯爵令嬢でしたらもう少し品位ある行動をしてくださいませ。太陽神ですらいずれ愛想を尽かします」  この国の宗教は帝国とはまた違う独自宗教だ。そのため私は別に太陽神を崇める必要はない。 「そう、私は別に太陽神を信仰してませんの。それに薬学はれっきとした学問です。教養として学ぶにはこれほど適したものはありません。嫁いできた娘に毒を盛ろうとする野蛮な国でなければ、まさか役に立つとは思いませんでしたけどね」  絶句したメイド長を捨て置き、話は終わりと先を急ごうとする。だがメイド長は先回りしてまた行く手を阻む。 「お待ちください! 今日は王城で執務があります。王族となるのですから、遊びだけでなく仕事をする義務がございます!」  私に嫌がらせをするくせに働けとは何とも虫のいい話だ。断ってもどうせ無駄だろうから、私は入浴を済ませた後に馬車に乗って城へと向かった。  エマはもちろん連れて行くが、邪魔なメイド長まで付いてくる。監視のようなものだろうと気にしないようにした。 「ではわたくしが案内しますので付いてきてくださいませ」  メイド長は城の中を案内する。すれ違う者たちが私のことが気になるようで、多くの視線を感じた。他国との交流が必要最低限だったこの国では、城で他の国の人間が来ることすら珍しいのに、それが帝国の女ではさらに注目を集めても仕方がない。 「ここが貴女様のお部屋です」  小さな執務室へたどり着いた。そこは作業机と空の本棚が置いてあるだけだ。本当に急ごしらえで用意したのが見え見えで、私をまともに働かせるつもりはないようだった。ただ私もじっとしているだけなんて嫌なので、私のやり方でやらせてもらおう。 「そう……ここの文官たちはどこで作業しているの?」 「資料室ですね。一体それがッ──お待ちを!」  場所を聞いたのなら直接向かえばいい。メイド長を置き去りにして、私は早歩きで資料室まで行く。資料室の場所は近くだったため、メイド長に止められる前に着いて扉を開けた。  ガヤガヤとした声が響き、資料室の雰囲気とは違っているように感じた。  文官たちがお喋りをしながらだらだらとしており、人によっては煙草やお酒を飲んでいるのだ。勢いよく扉を開けたので、一斉に私語が減って注目が集まった。 「なによ、この部屋? まるで汚物部屋ね。薬室ですらもっとマシよ」  普通は公職の仕事に就いているのならもっと規律がしっかりされるべきだ。  ある程度のハメくらいなら外してもとやかく言うつもりはなかったが、これは想像以上に悲惨な現場だった。  わざと周りに聞こえるように言ったため、なんだこの女は?、と好意的でない目に変わっていく。すると統括をしていると思われる中年の太った男が舌打ちをして、面倒そうに私の方へやってきた。  この男も煙草を吸いながら、私のところまで灰を落としながらやってくる。 「これはこれは、帝国のお嬢様。貴女様の部屋はここではないはずですが、何用で来られたのですかな?」  こちらを敬う気がないようで、この国の私への態度は一貫しているため逆に感心した。それならばこちらも容赦せずに私流でやらせてもらおう。 「王室へ入ったのですから、この国を良くすることが私の仕事です。それなのに部屋に行けばまともに準備すらされていない。もしかしたらお忙しいのかと思えば、資料室ではこの有様。貴方ではまともに監督できないようですので、あそこの席は私がもらいます」  先程までこの男が座っていた中央の席を指差す。全体が見渡すことができるので、監督する上でも良い場所だ。だがやはり私に席を譲りたくないこの男は、煙草を噛みながら大声で私に恫喝してくる。 「ふざけるんじゃねえ! ここは男の場所だ! 帝国ではどうだったか知らないが、ここでは俺がルールだ!」  顔を突き出して、怒りのままに怒声を飛ばす。後ろにいたメイド長はシリウスを呼んでくると慌てて逃げ出した。私を守るために前にすら出ないとは、本当に役に立たない。頼れる人間がいないと思っていると、人影が私と男の間に入る。  パシッと音が聞こえ、男の煙草が床を転がった。 「カナリア様に火が当たったらどうしますの!」  普段大人しいエマがビクビクしながらも、自分よりも大柄で怖そうな男に立ち向う。
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