2章 鉛の毒はいかがでしょうか

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 目の前で苦しそうにするシリウスを見ていると、これまでの怒りが霧散していく。しかしここの王族たちに毒を盛られたことが今でも鮮明に思い出される。  わざわざ蛮国の人間なんて助ける必要なんかないが、やはり私はそれを見捨てるほど残忍にはなれなかった。 「待ってなさい!」  私はすぐさま部屋を出ると、ちょうどこちらを追いかけていたメイド長とエマに出くわす。これはちょうどいい、彼女を利用しよう。メイド長の目が部屋の奥のベッドで倒れているシリウスに向かう。 「シリウス様はどうしてお苦しみに……」  私への対応とは違い、シリウスのことは心から心配しているようだ。 「病気に蝕まれています。直ちに治療しないと間に合いません。薬室へ早く案内してください」 「病気!? シリウス様に一体何が起きたのですか!」  メイド長が駆け寄ろうとしたが、それよりも早くまだまだ隠し持っていた瓶を懐から取り出す。 「貴女の心配なんてどうでもいいの! さっきの男みたいに倒れたくなかったら早く案内しなさい! 手遅れになるわよ!」 「シリウス様の奥方となられるのに脅迫なんて……主治医がおりますので、その方に任せた方がいいに決まってます!」 「あら? あれは慢性的に苦しんでいたはずよ。もしかしてその主治医は貴女と共謀してシリウス様をゆっくりと毒殺しようとしていたのかしらね?」  脅しの言葉を言うとメイド長は顔を真っ青にした。 「案内しますが、絶対に薬室では薬師たちと協力してくださいませ」 「分かったわよ。部外者なんだからそれくらいの節度はあるわ」  メイド長と言い争う時間も勿体無い。  辿り着いた薬室で、資料室の時のように主治医が文句を言ってくるので、薬で昏睡させた。 「時間が惜しいって分からない馬鹿はもういないわよね? ここはしばらく私が使うから早く出ていきなさい」  ここの薬学レベルはそこまで高くない。鉛の特効薬を作るくらいなら私だけで人員は足りるため、無駄に視界でチラつくのが嫌なのでエマを除いて全員追い出す。 「私は残りますよ! 貴女をまだ信用して──」  薬を嗅がせて無理矢理メイド長を眠らせた。エマにメイド長を追い出してもらい、ドアの外で見張ってもらう。  いくつかの瓶を持たせて暴力を振るわれそうになったら使うように指南したので、扉の向こうはエマに任せて大丈夫だろう。やっと私は集中した時間が取れる。 「材料は一応あるわね……」  倉庫に入っている材料を見て安心はする。試験管を用意してどんどん調合を進めていった。  まだ鉛も致死量ではないだろうが、それでも苦しみは続いているはずだ。その苦しみを考えたら早く治してあげるべきだろう。たとえ蛮国の人間だろうと見捨てはおけない。 「よし……出来た。あとは飲ませるだけね」  私は薬を錠剤にして、袋に包んで持っていこうとドアの外へと出た。 「カナリア様!」  エマの声が今の逼迫した状況を教えてくれる。たくさんの騎士たちが武器を持って取り囲んでおり、あと少しでも遅れていたらエマも危なかったかもしれない。 「馬鹿……貴女は逃げなさいよ。こんな数を相手に出来るほどの毒は渡していないでしょ!」 「はは、何人かは道連れくらいは考えていました」  涙目なのに気丈に振る舞っていた。どうしてここまで忠誠心があるのか分からないが、流石に無謀すぎる。 「騒ぎが大きすぎるんじゃありませんか、カナリア・ノートメアシュトラーセ?」  騎士たちが間を空けて道を作ると、紫の髪をした傲慢そうな顔をした夫人がやってきた。  まるでゴミクズを見るような目で私を見て、最初から好意を抱いていないのがすぐに分かった。そして象徴的な紫の髪に一人だけ心当たりがあった。 「もしかして私が誰か分からないんじゃないでしょうね」 「いいえ、第一王子であるダミアン様のパートナーであらせられるヒルダ様を知らないはずがありません」  第一王子の妻であるため、次期王妃になるであろう人物だ。
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