39.私が描く物語

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39.私が描く物語

 私が冒険者になって、もうひと月が経った。  以前とは違い、街の様子はがらりと変わった。ここ最近で、街の中を魔族が歩いている姿を見るようになったのだ。  冒険者ではなく、商人だけれど、誰も嫌な顔をせずに魔族の商人から物を購入したりしている姿をよく見る。  私が最初に来た頃とは違って、商人はきっと仕事がしやすいと思う。今のように変わっていなかったら、誰も近づいてこなかっただろうからきっと仕事にならなかったに違いない。  マーキスさんとパパが話し合いをしたであろうあの日。何か変わったことはなかった。  けれど、二日後に領主や国王、ギルドマスターに連絡が来た。  その日は近くにいた冒険者がギルドに集められた。リカルドたちもまだ帰っていなかったので、一緒にギルドで話を聞いた。  マーキスさんとパパの話し合いで、和解したこと。平和協定が結ばれたこと。魔族からエルフの村を襲ったのではないという話しも聞かされた。  信じない人も多かったけれど、メモリーバットの映像を見せられて誰も魔族が悪者だとは言わなくなった。  翌日には、街中に話は広まっていた。最初は信じていない人も多かったけれど、私のことを知っている人が多く、少しは信じてみようという人が徐々に増えていった。  メモリーバットはそれぞれのギルドや領主の屋敷に保管されることになり、一般人でも見たいと望めば見ることはできた。ただ、内容が内容なため見ない方がいい映像ではある。  ルクスの街に戻ってきてから五日後に、ノアさんとノエさんは数日村に戻っていた。戻る前に、私の持っていたメモリーバットを二人に預けた。  エルフの村にいる人たちに真実を見てもらい、信じてもらうためには必要だった。  二人が戻る理由は、両親の墓参り。最近戻っていなかったということもあり、そのついでにしばらくゆっくりしたいという理由だった。  フィンレーさんとも話をしたらしい。  メモリーバットを返してもらう時に、詳しく話してくれなかったので、魔族と話し合いをして平和協定を結んだことに彼は納得しなかったのかもしれない。  リカルドも数日帰っていて、マーキスさんも帰宅していたらしい。久しぶりにゆっくり兄弟で話もできていい休息を取れたようだ。訓練もしてもらったと嬉しそうに話してくれた。  グレンさんはシルビアさんと一緒に食堂の手伝いをしていたらしい。シルビアさんにとって休息はマーシャさんの手伝いをすることらしいけれど、グレンさんは帰らなくてよかったのだろうか。  私も帰る前にグレンさんに聞いてみたのだけれど、家族については何も話してはくれなかった。両親とは仲が悪いのか、もういないかのどちらかなのかもしれない。  私が城に帰る前にギルドの下にミシェルさんがいたので、少し話をした。ルクスの街に魔族が増えたけれど、ミシェルさんはいつもと変わらず様々なギルドへと向かうらしい。珍しいアイテムを売っているので、買ってくれる人は変わらず多いとのことだった。  ミシェルさんもそろそろ別の場所に移動する予定だったらしく、【転移魔法】で私を城の前まで送ってくれた。  城の門の前に突然現れた私に門番は驚いていたけれど、すぐに城に入るとパパとママが駆けつけてくれた。二人とも怪我もなさそうで安心した。それは二人も同じだったらしい。パパは私を見ていたけれど、それでも不安だったらしい。  あの日パパの姿は見ていたけれど、ママは城に残っていた。もしかすると、ネブラの協力者に抵抗されて攻撃されていないか、怪我をしていないかと不安だったのだけれど、心配する必要はなかったらしい。  ママの側にはネブラではない他の幹部がついていたらしく、攻撃される前に協力者を捕縛したらしい。だから怪我もしていない。  捕らえられたネブラたちは城の地下にいる。しかも、ずっと深い地面の下に幽閉されている。  魔法を使えない結界が張られたそこは、【転移魔法】で入ることもできなければ使うこともできない。重罪人を入れるのだけれど、今回ネブラたちがそこに入れられているということは重罪人として捕らえられたことになる。今後彼らがどうなるのかは分からない。  帰ってきたその日の夕飯はごちそうだった。まるでパーティのような料理の数々に驚いたけれど、思い出してみればここにいた時はこれが普通だった。  食事をとる時間は異なるけれど、城では多くの人が働いているため、料理の数が多い。今日はいつもより大人数で夕飯を食べているのは私が帰って来たから。久しぶりの帰宅に小さなパーティが開かれているのは間違いない。  城にいる間の私は、以前と同じように特訓をしてもらっていた。  その間オアーゼとヴィントは街の人たちの手伝いをしていた。最近、魔族領は雨があまり降らない。そのため、オアーゼの水魔法で作物に水をあげてもらっていた。  この作物は魔族領内で暮らす人だけではなく、他の領地にも出荷されることになっているため、育てば多くの人の口に入ることになる。  オアーゼがいなくなれば水が足らなくなってしまうため、地下に水を溜めておくことにした。そこは、雨が降れば溜まるようになっている。生活水にも使われているそれを初めて見た時は驚いた。底が見え始めていたからだ。雨があまり降らないため、溜まらず減っていたのだ。  オアーゼだけでは溜められないということが分かっていたので、その日のうちに水魔法が使える人をランク関係なく様々なギルドから募集した。依頼を出すと、魔族領だという理由で訪れる人は少なかったけれど、一度見てみたいという欲求から依頼を受けた人が来ると多くの人が集まった。  人数は制限していなかったので、結果的に百人近くが来てくれた。おかげで水も十分溜めることができた。  依頼を受けてくれた人には直接お金を渡したけれど、中には受け取らなかった人もいた。観光のついでに来ただけと言う理由だった気がする。  魔法で出した水は生活水にも使うことができるから便利だ。魔族領にも溜めることができるだけ水魔法を使える人がいないから集まってくれたことはよかったと思う。  以前は水が足りず何度も枯らしていたけれど、今回平和協定を結んだことによって他の種族と協力ができるのは魔族にとっても嬉しいことだった。  依頼を受けた人の中には何故か魔族領に引っ越してきた人もいた。他の種族が住むのには適していない場所なのだけれど、今では作物作りをしている。  ヴィントには風魔法で風を吹かせてもらって、バブルの綿の収穫を手伝ってもらっていた。高いところに生っているバブルの綿は空を飛べない魔族にとって収穫は大変で、ヴィントに風で綿と木の繋がっている場所を切ってもらうだけで収穫が楽になる。  地面に落とさないように小さな竜巻を起こして浮かせている間に籠に入れていく。これは元々獣人領には出荷していたものだ。  そして獣人領で収穫できるバブルの綿は、少し高い値段をつけて他の領に売っていた。収穫できる数は少ないから仕方がないのかもしれないけれど、魔族領からは安く買っていた。  今は魔族領のものも他の領に買いとってもらっている。獣人領が売っている値段よりは安いけれど、獣人領が買い取ってくれる値段よりは高い。魔族側ではなく、相手側が決めた値段だ。  元々需要があるものだ。今では品種改良も進められており、他の領地でも一定量は収穫できるようにする予定らしい。そうしなければバブルの綿がなくなってしまうというのが理由らしい。  品種改良には様々な種族が参加して、どんな土地でも育てられるようにと改良しているらしい。上手くいくのかは不明だけれど。  私が城に帰っていたのは七日。ルクスの街に戻ってくる時に、ここで役にたっているならオアーゼとヴィントを置いて行こうとしたけれど、二匹に怒られてしまったので一緒に帰ってきた。  ギルドに戻ると、いくつか私を指名した依頼があった。魔族領で採取できる薬草や魔物の爪などが多かったけれど、全て持っていたので依頼を受けてすぐにベルさんに渡して完了をした。  今ならルクスの街で部屋を借りてもいいなと考えていたのだけれど、長期依頼で離れることもあるだろうから、それを考えると今まで通りマーシャさんの宿に泊まった方がいい。  戻って来た日は指名された依頼以外受けずに、『エノコログサ』に向かった。リカルドたちも依頼から帰ってきていた。  私も翌日から依頼を受けていたけれど、リカルドたちと同じく個人で受けていた。遠くには行かずに、近くでの依頼。  理由は、グレンさんとシルビアさんがマーシャさんの手伝いをしていたから。何か言われればすぐに手伝えるようにと誰も遠くへは行かなかった。  それから数日でグレンさんとシルビアさんも、依頼を受けるようになった。手伝いが必要ないくらいには落ち着いたからだったらしい。  そして今日、久しぶりにパーティで依頼を受けることになった。往復三日かかる依頼。それでも、久しぶりにみんなで受ける依頼が楽しみで仕方がない。 「これくださる?」 「はいよ!」  思わずエルフと魔族の商人とのやり取りに足を止めた。  もう見慣れてきた光景だけれど、魔族の証である角や翼を隠さずに交渉したり歩いたりしている姿を見るだけで嬉しくなる。  しかも、それがエルフとのやり取りだとなおのこと。 「ノア、何してるのよ。早く来なさいよ」 「行ってしまいますよ」 「待って、今行く」  立ち止まっていたことに気がついたノアさんとノエさんに声をかけられて、みんなのところへと向かった。  みんな私のことを待ってくれていた。 「どうかしたか?」 「ううん。なんでもないの」  もう見慣れていて誰も魔族が歩いていることを気にしていない。私がいたからなのかもしれないけれど、私にとってはまだ気にしないということはできそうもない。 「どんなモンスターが待ってるかニャ?」 「マーシャさんに取ってきてほしいキノコがあるって言われてただろ」 「そうだったニャ」  この先どうなるのかは分からない。また魔族と他の種族の仲が悪くなる可能性だってある。  それでも、とりあえずグランツさんが望んでいた世界になった。私もパパを勇者に倒される未来を防ぐことができた。これで破滅は回避できたはずだ。  この先は完全にゲームとは違う物語が待っている。私が描く、物語が。
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