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０．プロローグ
すべてを思い出したのは十三歳の時。魔王城の廊下で偶然、当時の勇者と鉢合わせをした。
当時は、城内がいつもより騒がしいと思ったくらいで気にしていなかった。侵入者がいるなんて知らなかった。けれど、勇者を見て怖いと思った。そして思い出した。
私は雲母藍。会社員として働いていた。上司には毎日私がしていない仕事のことで怒られ、陰で笑う同僚たちにうんざりしていたけれど、帰宅して『希望の光』というゲームをプレイすることが楽しみで毎日頑張って働いていた。
『希望の光』はシリーズ化されており、三作品目が制作されていることが発表されていた。発売日は不明だったけれど、元々大好きだった作品。発売日までにもう一度クリアしようとプレイしている最中だった。
それなのに、会社からの帰宅途中に私は刺された。半年前からストーカーしていた男性によって。
警察に言っても対応してもらえず、両親に相談してもう一度警察に行こうと考えていた時の出来事だった。三回刺されたことは覚えているけれど、それ以上の記憶が無い。きっと私はその時に死んだのだろう。
そして、転生した。『希望の光』の登場人物として。
今の私の名前はアイ・ヴィヴィア。一作品目の『希望の光』のラスボスである魔王ロイ・ヴィヴィアの娘。
勇者を前にして思い出したそれらは、一秒程度で頭の中で映像として流れていた。
突然思い出したというのに、その時は目の前にいる勇者に釘づけだった。ゲーム内での情報も少なかったその勇者は、太陽のような金色の髪に深海のような青い色の瞳をしていた。しかし、その目はとても冷たく暗い色が滲んでいた。
仲間の姿は見えなかった。別行動をしていたのか、いないのかは分からなかった。
剣を手にした勇者は、動けずにいる私に向けて剣を振り下ろした。けれど私は無傷だった。
息を切らして現れた魔王軍幹部の男性。彼の魔法によって勇者は、消し炭にされたようだった。
すぐに魔王――パパがやって来て、私を抱きしめてくれた。とても心配したようで少しだけ苦しかった。
こんなに優しく、そして他種族と争いたくはないと口癖のように言う彼を勇者には倒されたくなかった。もしかすると娘に転生したからそう思ってしまうのかもしれないけれど、娘として過ごしてきたから分かることもある。
パパは本気で他種族と仲良くしたいのだ。
ママにどうすれば分かってもらえるのかと問いかけている姿も見たことがある。
私のママは人間だ。元々は敵対していたけれど、お互いに対話が目的だったこともあり戦うことはなかった。時間をかけて話し合う中、お互いに惹かれあったという話しは両親から何度も聞かされた。
話し合いの最中、ママは一度も魔王城から出ることもなかったため、人間の納める領地では死亡扱いとなってしまっていたとコウモリの魔族が伝えた。するとママは一度生きていることを伝えに城を出て行ったが、信じてもらえず、魔族が化けているのだとまで言われて城まで戻ったのだという。
その話をしている時のママはとても悲しそうだった。けれどそれから間もなく私が生まれたのだと嬉しそうに話すから、今は悲しくはないのだと思う。
けれどきっとパパと同じことを思っているのだろう。
人間であるママは、パパの妻となる前から他の魔族とも仲良くしていたという。だから、他種族でも話し合いをすれば魔族と仲良くできるはずだ。
それを私は実現しようと思う。
父である魔王が新たな勇者に倒されない未来のため、魔族が他種族に信じてもらうために、怖い種族ではないのだと分かってもらうために種族を隠さず他種族のいる街へと行く。
そのためにはまず力をつけなくてはいけない。今まで魔王の娘だからと、怪我をするようなことはさせてもらえなかった。だから魔法も使えなければ、剣を握ったことすらない。
心配して抱きしめるパパに私は言った。
「パパ、私強くなりたい」
その言葉を聞いたパパと幹部は、冗談だと思ったのだろう。小さく笑いながら「その必要はない」と言った。きっと、自分たちが守るから心配する必要はないと言いたかったのだろう。けれどそれじゃ意味がなかった。
私が力をつけなければ、パパを守ることができないのだから。
次の日から毎日戦い方を教えてほしいとお願いした。パパや幹部たちは首を縦に振ることはなかったけれど、ママだけは違った。
「女の子だから守られて大人しくしていろとは言わないわ。私もアイと同じで強くなりたかったもの」
そう言って、ママは微笑んで私に剣を教えてくれた。
その日から、少しずつ日常が変化していった。最初はママだけが剣を教えてくれていたけれど、他の魔族や幹部、最終的にはパパまでもが魔法や他の武器の扱い方を教えてくれるようになった。
私が本気で強くなりたいと思っているのだと理解してくれたようだった。
そして三年後。私が十六歳になった時。夕食の席で人間の住む街に行って冒険者になりたいということを伝えた。
パパは猛反対したけれど、ママは笑顔で「いってらっしゃい」と言ってくれた。
ママは様々なことを経験したらいいと言ってくれたこともあったので、大変だろうけれど私が行きたいと言うのなら反対するつもりはないのだろう。けれど、パパは心配な様子だった。
見ただけで魔族だと分かるのだから、それこそ冒険者に攻撃される可能性もあるのだ。
私には耳の上に、パパと同じ立派な牛のような角が生えている。体の中に人間の血も流れているはずなのに。角が立派なのは魔族の血が濃い証拠。これを隠すことは簡単にはできない。フードで隠そうにも角の大きさから違和感が出てしまう。
けれど、元々隠すつもりはない。隠してしまった場合、魔族だと知られた時に疑われてしまう。
隠れて魔族を呼んでいたのではないかと疑われ、さらに確執が生まれてしまうかもしれない。
そうしないためには、隠さないのが一番だった。もしかすると街に入ることもできないかもしれないし、攻撃されるかもしれない。けれどそれは覚悟している。
街に入れなかった場合は別の方法を考えなくてはいけないかもしれない。
「アイは何のために強くなろうと思ったんだ？」
三年前の言葉のことを言っているのだろう。手を止めて問いかけてきた。
「勇者を倒すためか？」
「違うよ」
いつもより低い声に、首を横に振って答えた。勇者を倒すために強くなったと言ったら、このまま城に閉じ込められてしまうだろう。
理由は別にあるし、黙っていることはこの様子から許されないだろう。それなら言ってしまっても構わないだろう。もしも反対されたら、気づかれないように出て行けばいいだけ。
「私が強くなったのは、魔族のことを理解してもらうためだよ」
「どういうことだ？」
「ここにいたら、他種族に魔族のことを分かってもらえるはずがない。だから、冒険者になって依頼を受けて、他種族と同じなんだって分かってもらおうと思ったの」
見た目だけで怖いと思い理解されないかもしれないけれど、一人くらいは分かってくれる人がいるかもしれない。
すぐには無理だとしても、時間をかければ理解してもらえると思う。『希望の光』という作品の中では全員が魔族は悪者だと言っていた。けれど、過去に直接何かをされたということは無かったはずだ。
城にある図書室でこの世界の歴史が書かれている本を読んだけれど、魔族が戦いを挑んだということもなかった。歴史を改編していなければ、魔族は見た目だけで恐れられているということになる。
けれど、見た目だけで恐れるのなら獣人を恐れていてもおかしくはないはず。獣人の中には見た目が怖い種類もいる。それなのに獣人とは仲がいい。
きっと関わることがないから、恐れられているのだ。
まあ、一番の原因はあの出来事だろうとは思うけれど、悪いのは魔族ではない。けれど、復讐をしたのなら同じことなのだろう。
多くの人は真実を知らない。だから、魔族だけが悪者になって嫌われているんだ。
「アイが行っても何も変わらないかもしれないぞ？」
「すぐに変わるとは思っていないから別にいいの。時間をかけて、一人だけにでも信じてもらうの。そうすれば何か変わるかもしれないでしょ？」
私の言葉にパパは黙った。何を言っても行くということは変わらないということが分かったのだろう。
小さく息を吐いて「分かった。気をつけていってこい」と言った。引き留めることは諦めたようだ。
翌日、戦斧を背負い、ウエストバッグに財布を入れて城の前で両親と他の魔族に見送られた。
戦斧は私専用にと魔族の鍛冶師が作ってくれたものだ。色が赤いのは「女の子らしいだろ」と戦斧を差し出した鍛冶師の気遣いだった。
他の荷物を持っていないのは、【無限収納】を使えるため必要ないからだ。身軽に動けるように最低限のものを持っていればいい。
「無理せず帰って来てもいいんだからな」
「気をつけてね」
「うん。いってきます」
笑顔で返事をすると、パパが魔法を発動した。それは【転移魔法】。何処へ転移するのかは知らない。知っているのはパパとママだけ。
ママが何か耳打ちをすると、パパは大きく頷いた。そして、目の前から全員の姿が消えた。転移するまでの時間は数秒。
短い時間で考える。パパが勇者に倒されるのは約一年後。それを阻止しなくてはいけない。
もしも阻止しなければ、『希望の光』と同じ道を進むことになるだろう。続編では私がラスボスになる。パパを倒した勇者を恨み、復讐をして他種族をも嫌うことになる。
記憶があるため、その道へ進むことは無いかもしれないけれど、他の魔族が黙ってはいないはずだ。
そんな未来へ進まないために、少しでも多くの他種族に魔族を信じてもらえるようにならなくてはいけない。
最終的には、勇者とパパが戦うことなく、話し合いをしてくれれば未来は変わり、少しずつ魔族の印象も変わっていくはず。たぶん……。
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