living doll 序章

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「は~い! すぐ行きます!」  咲の足音が遠ざかっていくと、優輝は大きく息をついてその場に座り込んだ。 「ふぃ~。あっぶなかったぁ」 「ご主人様、大丈夫ですか?」  ルナが近寄ってきて、身を乗り出して優輝をのぞき込む。幼い顔立ちの割にはしっかりとある胸についつい目が行ってしまうのは、男の悲しい性であろうか。視線をそらしつつ、優輝は尋ねた。 「ええと、ルナさんだっけ? なんで俺の部屋の天井にいたんだ?」 「はい! ご主人様にお会いするため、あの場所でずっと眠っておりました!」 「へ? 会うために眠っていた?」 「はい!」 「そ、それはどういう意味かな?」 「ゆっくりと眠って姿を変えていたのですわ」 「姿を、変えて?」 「優輝ー! 学校行くわよー!」  下から咲の大きな声が響く。このままここで話をしていたら、また咲が部屋まで来てしまう。優輝は慌てて学生服に袖を通しながら、ルナに言った。 「と、とにかく! 君、自分の家は!?」 「いやですわ、ご主人様。生まれ変わったこの時から、あたしの家はここですわ」 「いやあの、そうじゃなくって、今住んでいる場所っていうのかな」 「はぁ。ですから、先ほどまではずうっとここの天井で眠っておりましたので、住んでいる場所もこちらでございます」  どうやらこのままではきりが無いようだと判断した優輝は、自分の替えのワイシャツをルナに手渡した。 「とりあえず、服を着よう。それと俺はちょっとこれから学校に行かなきゃいけないんだ。君はもし自分の家に帰るのなら、一度帰ってもいいし、ここにいるならいるでいいから」 「はぁ、学校ですか~。いってらっしゃいませ、ご主人様!」  ワイシャツを受け取りにっこりと微笑むルナに、思わず見とれる優輝。自分が大好きなアニメのキャラクター、月詠ルナが目の前にいるこの非現実に酔いそうになるが、再び咲の大声で名前を呼ばれ、現実に引き戻される。  束の間、優先順位を計算する優輝。今は咲にこの状況を見られない事が最優先であると決断し、部屋を出る。 「じゃ、じゃあまた後で! 出来るだけ早く抜けてくるから!」 「ご無事のお帰りを、お待ちしておりますわ」  三つ指ついての美少女の見送りを背に、慌てて階段を駆け下りる。リビングにはブレザーに着替えた咲が腕時計に目を落として待っていた。 「遅い! いつまでもゲームやってるんじゃないの、もう8時15分よ! ほら、走るわよ!」 「一人で先にいってればよかっただろ!」 「何言ってるのよ、そんなことしたらどうせあんたは毎日遅刻でしょ!」  家を駆けだす二人。そんな二人を屋根の近くから見つめる、1つの影があった。その影は走り去っていく姉弟を見送ると、自らも二人が駆け去っていった方向へ飛び立っていった。  校門の所でそれぞれの教室に向かうために咲と別れた優輝は、一年F組の教室で一人頭を抱えていた。  ルナと名乗る現実離れした美少女は何者なのか。なぜ自分をご主人様と呼ぶのか。そして、二次元では良く知っているが、実際問題見知らぬ少女を一人家に残してきてしまって良かったのか。  泥棒をするために入ったとは思えない。どこの世界に一糸まとわぬ姿で天井裏に潜む泥棒がいるというのか。いや、万に一つそういった泥棒が居たとしても、逃げもせず、むしろ声をあげ自分だけでなく咲にまで見つかりそうになるわけがない。  とはいえ、一刻も早くなんとか理由をつけて家に帰らねばならない。頭に浮かぶ数々の疑問は、ここで一人で頭を捻ってみても答えなど出そうにない事ばかりだ。 「よっ、優輝! なぁに朝っぱらから暗い顔してんだよ!」  背中を強く叩かれ、声をかけられた。顔をあげると、クラスメイトの宮坂啓吾(みやさかけいご)が優輝の顔をのぞき込んでいた。 「どうしたんだよ? きれいな姉さんとケンカでもしたのかぁ?」 「そんなんじゃねーよ」 「まったく、優輝はいいよな~。あんな美人の姉さんと二人っきりで毎日生活出来るなんてよ。くっそ~、羨ましい! なぁなぁ、何か姉弟でイベントあった?」  優輝は一つため息をついた。啓吾は所謂女好きだ。ただ、少々引っ込み思案な優輝と違いいつも明るく元気で、男女問わず人気のある男でもある。中学の頃から親しくしているが、嫌いだという感情を抱いたことは一度も無かった。 「イベントなんて、あるわけないだろ?」 「そうかぁ? あんな美人と一緒に毎日過ごして、何にもないなんて……。お前はそれでも健全な男子高校生か!?」 「あのな、健全の意味を間違えてないか?」 「いーやっ! 間違えてないね! 美人がいたら声をかけ、あわよくばちょっと手を出しちゃったりするのが健全な男子高校生の使命だ! うん、間違いない!」  腕を組みうんうんと一人頷く啓吾を尻目に、優輝は悩む。どうしたものか、少なくともこの件では宮坂には相談しないほうが良さそうだ。優輝が真剣に話せば信じてくれる良き友人ではある。しかし、まず見せろだとか言うだけで、建設的な意見は出てきそうにない。  啓吾が頷きながら妄想的な持論を延々と語り、その前で優輝が机に座り悶々と頭を抱えていると、HRを告げるチャイムがなった。それに合わせたかのように教室の扉が開き、担任の先生が入って来た。  先生は生真面目な男性で、チャイムが鳴るとともに教室に現れるのが日課あった。いつもと変わらぬ日常の一コマである。  しかし、入って来た小林先生の後ろには、制服を来た一人の見慣れない背の高い女性がついてきていた。  入って来た女性を見て、クラスがざわついた。短めのスカートからのぞく、すらりと伸びた長い脚。動くたびに揺れる綺麗な黒髪は、後ろ髪が腰まである。横に少したらした髪はどこか物憂げな雰囲気を醸し出していた。前髪は目のところで綺麗に切りそろえられ、一か所に金色のメッシュが入っている。そしてその下の切れ長の瞳は、どこかミステリアスな印象を与えた。  転校生が来たという推測や期待のざわめきもあるのであろうが、それ以上にその怪しいまでの魅力に、クラス中の男女は言葉を失っていた。啓吾など、口を開いたまま女性を見つめている。 (随分綺麗な人だな)  優輝は女性を見つめてそう思った。ふと、女性と目が合う。切れ長の目がどこか冷たく優輝を見据える。  大人っぽい女性である。制服を着てこの一年生の教室に入ってきているのだから、恐らくは自分と同い年なのだろうが、制服を着ていなければ教育実習生でも通じるであろう。  ルナがアニメから抜け出したような美少女なら、この女性は耽美な絵画からふわりと出てきたような美女である。優輝は不意にその目に吸い込まれてしまいそうな気がした。見惚れるとは、こういうことなのであろうか。頭の片隅でそんなことを思った。 「え~、今日はホームルームの前に、皆さんに転校生を紹介します」  三橋涼女(みつはしすずめ)と小林先生が黒板に名前を記す。促され、女性は口を開いた。 「三橋涼女です、よろしく」  クラスに拍手と口笛が響く。男子は勿論の事、女子の中にもうっとりとした目で彼女を見つめている者もいる。確かに、同性にもてそうなタイプとも言える。ややハスキーな声が、よりそんなイメージを強くさせた。 「ええと、席は」 「あそこでいいです」
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