living doll 序章

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 席を探して先生が辺りを見回すと、スズメは早々に歩き出した。優輝の前に来るとぴたりと足を止めた。確かに優輝の座る席の列はほかの列よりも一席少ない。しかし、目の前に立たれ切れ長の目に見据えられると、ドギマギして落ち着かない。クラスの皆の視線も感じた。 「よろしくね。優輝君」  そういって早々に教室の隅に用意されていた机を持つと優輝の席の後ろに陣取った。優輝は内心、首をひねった。 (この人、なんで俺の名前を知っているんだ?)  ホームルーム中に改めてそれを聞くのも憚られ、疑問は一時胸にしまっておくことにした。スズメの動きにしんとしていたクラスに、チャイムの音が響いた。 「では三橋さんの席はそこで。東間、知り合いのようだから、昼休みにでも校内を案内してあげなさい。それでは朝のホームルームはここまで」  起立、気をつけ、礼。というお決まりの掛け声でホームルームが終わると、クラスの皆がスズメに話しかけて来る。それを優輝はすぐ前の席でぼんやりと眺めていた。  スズメは表情一つ変えずに淡々といくつかの質問に答えていくが、あまり興味は無さそうである。打ち解ける気は無いのであろうかと優輝は心配になった。  優輝自身は目立つタイプではないが、きっとスズメのような目立つ人間が孤立してしまったらつらいのではないか、といういわば老婆心のような心配である。  一通りクラスの皆の話しが終わると、スズメは席を立ち優輝の前に再び立った。すっと身をかがめ、長い黒髪が優輝の目の前に垂れてきた。甘い、蜂蜜のような匂いが鼻腔をくすぐった。 「東間優輝」  ほかの皆には聞こえない小さな声で名前を呼ばれる。相変わらず無表情なスズメの顔が目の前にあった。近くで見るとその瞳はうっすらと赤みがかっていた。思わず顔をそらす。 「話があるの」  周りに聞こえないような小さな声で語り掛けてくるスズメ。そのハスキーな声が耳を刺激した。 「話? なんの?」 「あなたの家にいる女の子って言えばわかるかしら?」 「何のことかな?」 「とぼけないで。ルナの事よ」  心臓の鼓動が一気に跳ね上がる。なぜそれを、そう思いそらした顔をスズメに戻すと、先程までの無表情な顔は、より冷たい見下すような目に変わっていた。 「ルナに何かしていないでしょうね?」 「どうして、君がルナを知っているんだ?」 「質問に答えて」 「……今日、突然天井から俺の部屋に現れた。学校に行く直前だったんで、家をに置いて来た。話もろくにしていない。今も多分、俺の部屋にいるはずだ。早く帰りたいと思っている」 「そう、何にもしていないならいいわ」  すっと顔をあげ離れようとするスズメを優輝は呼び止めた。 「ちょっと待てよ。俺の質問にも答えてくれ。どうして君はルナの事を知っている?俺は誰にも話していないぞ」 「ルナとは知り合いなの。あの場所に居る事もルナに聞いたわ」 「知り合い? それなら、ルナの事を教えてくれ! あの子は一体何なんだ!? どうして俺の家の天井なんかに居たんだ!?」 「声が大きいわ、ここじゃ話しにくいわね」  そういって周囲を見回すスズメ。そこに啓吾がやってくる。 「スズメさん! 俺、宮坂啓吾! よろしくね!」 「どうも」  スズメの愛想の無い返事と冷たい視線に臆することなく、啓吾は喋り続ける。 「いきなり優輝のとこ行っちゃうんだもん。俺寂しかったぜ~? ねぇ、この後暇? 次の休み時間とか、良かったら俺校舎案内するけど」 「それは先生が東間君に命令していた事よ」 「いいのいいの! ってか、優輝も一緒に行こうぜ! 1人より2人!2人より3人のが楽しいって! ああ、3人で屋上で昼飯ってのもいいなぁ」 「いや、俺はいいよ」  可愛い女の子を誘うときでも、なんだかんだで優輝を輪に入れてくれる。こういうさり気ない優しさが、啓吾の良い所でもあった。もっともオタク気質で少し人と接するのが苦手な優輝には、ありがた迷惑な時も多々あるのではあるが。 「2人で行ってきたらいいさ。俺はちょっと調子悪くってさ」 「調子が悪い? おいおい大丈夫かよ?」 「心配ね、もし早退するなら送るけど?」  スズメが素早く口をはさむ。それは助け舟のようでもあり、ルナと個別に会わせないという牽制でもあるような気がした。最も、優輝としてもふわふわして掴み所の無いルナに話を聞くよりは、淡々としているスズメから話を聞いた方が早いという気もする。 「ううん、そうなったらお願いしようかな」 「おっ? 人にそんなん頼むなんて優輝、お前らしくねぇのな。なんだぁ、もしかして2人ってばもう結構仲良い系か?」  ニヤニヤとしていた啓吾が、不意に腕を優輝の首にまわしヘッドロックのような形を取る。そして耳元で小声で語り掛けた。 「お前、スズメさんともう付き合ってるわけ? だったら俺素直に引っこんどくけど?」 「ばっ、ばか! そんなんじゃねーよ!」 「お~? なぁに慌ててるんだよ。でもさ、良かったぜ~。お前いっつもアニメのキャラの話ばっかだもんな。現実の女の子にもちゃんと興味あったってわけだ。俺は安心したよ」  なぜかうんうんと頷きながら、啓吾は優輝を解放する。 「まぁ、とにかく体調悪いなら無理すんなよ! スズメさん、もし早退するときはこいつのことよろしくな。こいつんちは近いから、なんなら送ったら戻ってきちゃってもいいけどさ。そしたら俺学校案内がんばっちゃう!」  啓吾の様子が可笑しかったのか、スズメが微笑む。初めて見るスズメの微笑みは、今まで見せていた冷たい表情と打って変わった柔らかい優しげな表情で、横で見ていた優輝の胸を少しだけドキリとさせる。 「面白い人ね宮坂君。ありがとう」  不意に廊下のほうから歓声が聞こえた。何事かと見に行った啓吾がすぐにこちらに戻ってきて二人に話しかける。 「どうも、隣のクラスにも転校生が来ているみたいだぜ?せっかくだし、ちょっと皆で見に行かないか?」 「いや、俺は……」  周りがいなくなれば、早退するチャンスも出来るのではと断りかけた優輝の言葉を遮り、スズメが賛同した。 「いいわね。一緒に見に行きましょう、優輝君もね」 「そうこなくっちゃ!」  張り切って先頭を歩き出す啓吾。その後ろで優輝は小声で抗議する。 「おい、早退するチャンスだったのになんで」 「いいから会っておきなさい。隣の転校生もルナの知り合いよ」 「えっ、それ、どういう……」  優輝の質問を無視し、スズメはスタスタと啓吾の後を追って行ってしまう。次から次へと起こる訳のわからない出来事に、優輝は憤然としながら立ち上がる。 「ああもう! 一体なんだっていうんだよ!」  廊下に出ると、そこにはもう人だかりが出来ていた。隣のE組の教室の入り口辺りが特に凄い。さして背の高くない優輝には見えないが、あそこに転校生がいるのであろうか? 「ちょっとごめんよ~。通してね~」  啓吾が先頭で器用に人混みをかき分けていく。おかげでそれほど苦労しないで進んでいくことが出来たが、それでもウンザリする人混みである。その人混みの生徒達はスズメを見て歓声をあげたり何やら話したりしている。
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