living doll 序章

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 人混みが向かい側からするりと割れた。奥から見慣れない女子が現れる。前下がりの髪は両サイドを緑に染め、前髪は右側に流してあり、片目はほぼ髪に隠れている。スズメと同じように肌はきめ細かく白い。細い輪郭がシャープな印象を与える子である。  隣のクラスの転校生と思われるその女子は、唇の両端をつり上げるような笑顔でこちらに歩み寄ってくる。啓吾を素通りし、スズメと優輝の前で立ち止まる。目の前に立たれると、かなり背が高かった。スズメも女子にしては背が高い方であったが、それよりも数センチは上である。 「貴方が東間優輝?」  いきなり名前を呼ばれる。スズメの言った言葉を思い出す。ルナの知り合い。自分の周りで起きる今朝からの出来事は、そろそろ優輝の許容範囲を突破しそうである。いや、ルナが天井から落ちてきた時から、もうずっと夢を見ているのかもしれない。 「そうだけど、君は?」 「構霧人(かまえ きりと)。キリトでいいよ。よろしくね、優輝ちゃん」 「あのさ、いきなりちゃん付けはやめてくれないか?」 「いいじゃない。僕の趣味だよ優輝ちゃん」  僕っ子の上にこちらをちゃん付け呼びと来た。そのうえ声は中性的な中に蠱惑的な響きがある。もしもこれがアニメやゲームの中であるならば、この展開は大歓迎かもしれない。  しかし、現実のこんな学校の生徒が大勢集まった場所でやられると気恥ずかしい事この上ない。優輝は沢山の視線をあび、血の気が引いていく自分を感じた。  そんな優輝の様子を見て、キリトは手を優輝の額にあてのぞき込む。小さい手のひらはヒヤリと冷たかった。 「あらら、どうしたの? 優輝ちゃん顔色悪いよ?」 「優輝君、なんだか体調が良くないらしいのよ」  突然の行動に言葉の出ない優輝に代わりスズメが言う。それを聞いたキリトはわざとらしく開いた口に手を当てた。 「あらまあ、それはいけないわ。ねぇスズメ、あなた保健室にでも連れていってあげたら?」 「そうね、わかったわ。優輝君、歩ける?」  優輝はキリトとスズメの顔を交互に見る。顔があったキリトはいたずらそうにウインクをして見せた。スズメも小さく頷く。なるほど、この二人はこれも計算ずくらしい。確かにこれだけの生徒の前で真っ青な顔をしていれば、早退も簡単に、その上自然に出来るであろう。 「あ、ああ。歩けるよ。スズメさん、お言葉に甘えてお願いしていいかい?」 「もちろん、行きましょう」 「優輝、お大事になー!」  啓吾の声を背に、軽く手を振り返して保健室に向かって歩く。人目を気にして、手を貸しているスズメが先導して保健室に歩いてゆく。つまり、スズメは保健室の場所まで把握しているらしい。いつの間にやら優輝の鞄も手に持っている。なんとも用意周到なことである。  遠目に見れば優輝が案内しているようにも見えるであろう。もう優輝もこれ位の事では驚かなくなっていた。今日は余りにも色々な事が起こりすぎている。あとは保健室の先生をどう騙す、いや説得するかであるが、それもあまりにあっけなく事は済んでしまうのであった。  人目が無くなるとスズメは差し出していた手をさっさとひっこめ、ツカツカと先を早足に歩いてゆく。保健室の前につくと、スズメがノックをして無言で入っていく。 「し、失礼します!」  慌てて優輝も続く。保健室では保険教諭の揚羽陽子(あげはようこ)が椅子に腰をかけ座っていた。保健室にはアゲハの香水なのであろうか、花ような甘い香りが充満していた。  こちらを振り返ると、やんわりとパーマをかけた長い髪が揺れる。少し垂れた大きな目と、小ぶりな口がにっこりと微笑む。白衣の下に着ているカットソーからのぞく大きな胸の谷間に、優輝は視線をくぎ付けにされかけた。 「いらっしゃい~、スズメちゃん。それに~、優輝君」  特徴的な間延びした喋り方はおっとりした性格のアゲハ先生らしかった。しかし、アゲハ先生までスズメの事を知っているのであろうか? 「え、先生? スズメの事を知っているんですか!?」 「ええ、スズメちゃんとは長い付き合いのお友達よ~」 「お友達って」  二人を見比べる優輝。そんな優輝を無視してスズメが口を開く。 「これがルナの選んだ人間よ、アゲハ」 「そうみたいね~。優輝君優しい子よ~。ルナちゃんは見る目があるわね~」 「とろいだけにしか見えないけど。とにかく、これから色々これに説明しないとなの。アゲハ、私たちを早退にしておいてくれる?」 「いいわよ~。優輝君、頑張ってね~」  にっこりと微笑むアゲハ。さっぱり訳のわからない優輝はアゲハに聞いた。 「せ、先生! 一体どういうことなんですか?なんで先生までルナを知っているんです?」 「うるさい、それはあなたの家で話す。とにかく今はルナの所にいく」 「今は色んな事がわからないと思うの~。だけど、帰ったらスズメちゃんが説明してくれるから~、今日はもうお帰りなさい~。手続きは~、先生に任せて~」  にっこりと笑うアゲハ。なお食い下がろうとする優輝を、スズメが物凄い力で引きずる。 「さっさといくぞ、ルナが心配だ」 「うわっ! わ、わかったからそんなに引っ張るな!」  ずるずると引きずられつつ、優輝は保健室を後にした。そのまま家路につく。相も変わらずスズメはほとんど喋る事も無く前を歩いている。優輝の家も把握済みらしい。  もはや一々聞く事さえ面倒で優輝は黙々とついていく事にした。家についてもう一度ルナに会えば、様々な事がはっきりするはずだ。会って話すと前を歩く無愛想な女は言っているのだから。  玄関のカギを開け、住み慣れた家に入る。横には今日出会ったばかりの見知らぬ美しい女性。そして2階の自分の部屋には、大好きであったアニメキャラの生き写しのような美少女が自分を待っている。  男としてある意味で夢のような状況ではあるが、優輝の気持ちは重かった。謎だらけで、何がなんだかわからない。ともすればこの家さえ別の知らない物になってしまうのではないかという不安までこみ上げてくる。  今日という一日、いやルナと会ってからの数時間はあまりにも急展開すぎて、ドッキリであったと言われればどれ程スッキリするかという思いであった。  二階にあがり、ドアノブに手をかける。今日何度目かもわからぬ緊張と動悸。ともすれば震えだしそうな手でドアノブを回し、ゆっくりと前に開ける。ドアを開けた優輝の目の前に飛び込んできた光景は、崩れた天板でほこりだらけのベッドではなく、きれいに掃除された部屋であった。 「ご主人様ぁー! お帰りなさい!」  片付いた部屋の死角から、大き目のワイシャツを羽織ったルナが飛びついて来た。首元に抱き付かれ、思わずルナを抱きかかえる。柔らかい髪が顔にかかり、柔らかな肌が全身に当たる。  全身が緊張する反面、その柔らかさに包み込まれたような安心感を覚えた。 「ルナ、無事に生まれ変わったのね」  横に居たスズメが、今まで聞いたことのないほど優しい声色でルナに話しかけた。優輝の首元にくっついていたルナは後ろから現れたスズメを見ると、今度はスズメに向かって駆け寄り、飛びつく。  かなりの勢いであったが、スズメは力強くルナを受け止め、抱きしめ頭をなでる。
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