living doll 序章

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「スズメちゃーん! あたし、ずっと会いたかった!」 「私もよルナ。こいつに変な事されていない?」 「うん! ご主人様、とっても優しいんだよ! 忙しくってもルナの心配してくれたよ!」 「そう」  スズメは一つ頷くと、優輝に向き直り言った。 「どうやら本当に何もしていないみたいね、安心したわ」 「おいおい、ずっと疑ってたのかよ」 「パソコンとかいう機械に話しかける、奇妙な性癖をもっている人間。疑って当然よ」 「な、なんでそれを!?」  ギクリと腰の引ける優輝。なぜスズメにそこまでばれているのか。 「まあ、害が無いならどうでもいいわ、さて」  そこで言葉を区切り、スズメはふぅっと一つ息をついた。再びあげた顔には、ルナに向けた優しげな表情はない。 「それじゃあ順を追って話しましょうか。ルナ、あなたも座って」 「はぁ~い!」  ルナが優輝のよこにちょこんと座る。手はしっかりと優輝の腕にくっついていたが、長すぎるシャツの袖が邪魔そうで指の先しか出ていない。所謂萌え袖である。 「先に言うけど、多分色々と驚くことがあると思う。だけど、出来るだけ冷静に聞いてくれると助かるわ」 「ああ、わかった。もう今日は色々起きすぎて頭がごちゃごちゃだ。説明して欲しい。どうしてルナは俺の部屋の天井にいたんだ?それに、この姿は俺が見ていたアニメのキャラにあまりにもそっくり過ぎる。それにも訳があるのか?」 「ええっとぉ、それはですね」  ルナが口を開く。どうしたものかとは思ったが、ここはスズメに説明を頼んだ方がずっと解かりやすそうな気がする。優輝はぽんと軽くルナの頭に手を置き言った。 「まずはスズメの話しを聞きたい。いいかな?」 「かしこまりました! ご主人様!」  元気よく頷くルナ。スズメも軽く頷き、話を再開した。 「まず、ルナの事。ルナは人間ではないわ」 「人間じゃあ無い?」  叫びたい衝動を優輝は我慢し、冷静になるよう自分に言い聞かせた。 「じゃあ、一体なんだっていうんだ?」 「doll。あなた達人間はそう呼んでいる」 「ドール? 人形ってことか?」  ルナに視線をうつす。肌、瞳の輝き。優輝の視線に小首をかしげて答える仕草。いくら科学が発達しているとはいえ、これが人形とは到底思えない。 「私もそれほど人間の言葉には詳しくない。けれど、ルナのような存在はドールと呼ばれているらしいわ」 「人形って意味じゃなく、ドールと呼ばれている生き物という事か?」 「そうよ」 「ドール。聞いたことない生き物だな」  当のドールと言われたルナは、律儀に優輝の言う事を守り、少し退屈そうに畳の縫い目に指をはわせたりしていた。 「聞いたことが無くて当然よ。ドールはその存在を隠されている生き物だもの」 「隠されている生き物? どうしてだ?」  優輝の問いに、スズメがルナを指さした。 「この子の容姿よ。あなたの大好きなキャラというのにそっくりなんでしょう?」 「あ、ああ。そうだけど?」 「それはね、ルナがあなたの持っていた人形を参考にして、姿を変えたからよ」 「人形って?」  首をひねる優輝に、ルナが部屋のベッドサイドに片づけた人形を指さしていった。 「あれですわ、ご主人様!」 「あれは……」  ルナに指された場所には、かつて自分が買った『月詠ルナ』のフィギュアが置いてあった。かつては部屋にかざってあったものだ。しかし、両親が海外赴任し姉の咲がよく部屋に来るようになってからは恥ずかしく、部屋の天井裏に隠していたものである。 「ルナはあなたの部屋の天井裏でその人形を見つけ、その姿形に変化していったのよ」 「そんな事、信じられるかよ」 「じゃあどうして、あなたの好きなものにこんなにもそっくりの生き物がいるの?」 「それは、わからないけど」 「私はずっとルナを護っていた。この家の天井裏でルナが眠りについてからは、この場所を見守っていた。だからあなたの名前も家も学校も知っていたのよ」  ドール。そのあまりにも突拍子もない生き物を信じるとしても、それでもなお優輝にはわからない事があった。 「でも、なぜルナはこの姿なんだ? なぜルナは俺の好きなキャラ『月詠ルナ』の姿になって、俺をご主人様なんて呼んだりするんだ!?」  優輝がいうとルナはぎゅっと優輝の腕に身体をくっつけて嬉しそうに言う。 「それはご主人様がルナの命の恩人だからですわ」 「え? そんな事言われても、俺とルナは今日出会ったばかりだろう?」  訝しがる優輝にスズメが言葉を添えた。 「去年の夏。私たちはルナを護っていた。けれど、相手の攻撃も激しかった。私たちはそれを防ぐのに手一杯だったわ」 「ちょっと待て! 隠されたとか護るとか攻撃とか、一体……」 「順に説明すると言ったでしょう。まずは命の恩人という意味を話すから聞きなさい」 「あ、ああ」 「ご主人様は、あの夏、熱い熱いアスファルトで弱っていたあたしを、優しく助けてくださいましたわ!」  ルナが瞳を潤ませながら、感極まった声で言った。 「あの優しい指先の感触、今でも覚えております! そっと涼しい紫陽花の葉の上に運んで下さって。ああ、この人のお傍に居たい、とあたしは心を決めたのですわ!」 「去年の夏? 紫陽花?」 「はい! あの時とは姿が違うので、覚えていないのも無理はありませんわ!」 「あの時のルナは小さな虫だった。目立たず隠れやすいように変化していたのよ。もっとも、ルナのミスで日の光を反射して輝くような姿だったけれどね」 「輝く虫? ああっ!?」  アスファルトの上でキラキラと輝く不思議な虫。確かに優輝の記憶の片隅にある。去年の夏、家の前の道路にいたその不思議な虫を庭先の紫陽花の葉の上に運んだ事。  初めて見る虫であったので、わずかにだが記憶に残っている。 「あの虫がルナだったっていうのかよ!?」  スズメとルナが頷く。 「そうよ、ルナは、というよりもドールはさっきも言ったように姿を自在に変える生き物なの。ルナはあなたに命を救われた恩を返したくて、あなたの好きなものに姿を変えたのよ」 「で、でもよ! 仮にそうだとしてもだよ? なんで俺がこのキャラが好きだってわかったんだ?」 「私がルナを天井裏に運んだ時、そこにはこの姿の人形や、このキャラクターの描かれていた本が沢山置かれていたわ。嫌いなものを集めたりはしないでしょう?」 「そ、そりゃあ、まぁ」  あの頃優輝は、両親が海外赴任し姉が優輝の部屋に頻繁に入ってくるようになり、部屋のコレクションを見られる事が恥ずかしく天井裏にルナのグッズを隠すようになっていた。そこに、ルナがやってきたという事か。 「でも良かったです! ご主人様、この姿お好きなんですよね!?」 「え、ああ。俺の大好きなキャラだけど」 「安心いたしましたわ! ご主人様、これからはあたし、ご主人様の大好きな生き物になりきってお仕えいたします! どうか末長くよろしくお願いいたしますぅ!」  再び抱き付いてくるルナをマジマジと見つめる優輝。ワイシャツの隙間からのぞく白い胸。裾から伸びる、細く長いしなやかな脚。しみやほくろの1つもないすべらかな肌。その姿は、まさしく人形そのものであった。
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