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この月詠ルナの生き写しのような子が、ずっと自分に仕えると言っている。それを考えれば否が応にも胸が高鳴った。しかし気になる事はまだまだ山積みである。ルナに抱き付かれ、しどろもどろになりつつもスズメに質問をする。
「そ、それで。さっき言っていた、ドールが隠された存在だとか護るっていうのは?」
「それはドールという生き物の特性にあるわ」
「特性?」
「ルナを見てもわからないわけ?」
やれやれ、とでもいうようにスズメは小さく肩をすくめて見せる。
「いい? どんな姿にでも変幻自在。そして、人や生き物に友好的で従順。素直で何かを疑うという事をあまりしない。それはルナだけではなくドールという生き物の特性なの」
「そうなのか。人間社会で有名になったら、大人気間違い無しだろうな」
「大人気? そんな生易しいものなわけないでしょう?」
スズメの冷たい声が優輝を一喝する。その迫力に優輝はたじろいだ。
「え、俺なにかまずいこと……」
「ちょっとは想像してみなさい。姿を自由に変え、従順な生き物。人間であろうとほかの生き物であろうと、そんな存在を知ったら誰もが利用しようとするに決まっているわ」
「だから、人気に」
「人気ねぇ。それはなに? ペットとして? ルナをあなたは愛玩動物として見ているわけ?」
「うっ、いや、その」
「ペットならまだかわいいものだけどね。何に利用されるかわかったものじゃあないわ。政治、売買、奴隷、見世物……。人間の世界だけでもありとあらゆる汚い扱いが満ち溢れているでしょうね?」
どんな姿にもなる、人権も戸籍も持たない生き物。そんなものが存在すると言う事が世間に広まればどんなことになるのか。スズメの言葉を受けて優輝も考える。確かに、ドールという生き物にとって幸せな使われ方ではないだろう。
スズメは続ける。
「例えば、どこかの国の長を誰かが殺す。そしてドールをその姿に変化させ、国を好きなように動かす。そんな使われ方だってされる可能性はあるのよ? もしもそれで戦争にでもなったらどうするの? そんな存在が世界に知られていいと思う?」
「戦争って……」
「それだけじゃない。生き物は皆疑心暗鬼になるでしょうね。今、隣にいる人は本当に人間なのか? 姿を変化させたドールなのではないか? ってね。何を信じればいいかさえ、わからなくなるでしょうね」
「そんなもの、記憶とか、家族の思い出とか確認すれば」
「ルナはあなたに会っていないのに名前を知っている。それだけじゃない。人間の言葉もきちんと理解しているわよ? もしも、記憶さえもコピー出来るとしたら?」
「そんな」
優輝は考えた。ドールという存在が世界中に知れ渡ればどういう事になるのか? ルナのように自己申告をするドールならばまだいい。しかし、ドールが社会に溶け込む事を目的に、または誰かに命令され、世界中に入っていったとしたら――
仮に記憶さえもコピー出来てしまうのであれば、それはもう判別の仕様が無いのではないか? いや、何か判別の手段があったとしてもそれを世界中の人間にくまなく実施出来るのか? そもそも、国の上層部がドール達で占められたらその国はどうなるのか。
まるでゲームの世界のSFである。しかし、その可能性を秘めた生き物が、無垢な笑顔で今こうして目の前にいるのである。
「ご主人様、ルナはご主人様にだけ尽くす生き物ですわ! どうか、心配なさらないでくださいね!」
その言葉を聞いて、どうだといわんばかりの表情でスズメがこちらを見る。確かに、ドールは人、というよりも認めた相手の言いなりになりやすい性質があるのかもしれない。
ドールの存在を隠す。そして、ドールを護る。それは確かに必要なことなのだと、ようやく優輝にも少しずつ理解出来てきた。しかし、そこでもう一つ優輝の中で新たな疑問が生まれた。
「なぁ、スズメ。さっきさ。護るとか、攻撃を防ぐとか言っていたけど、それって事はまさかもうドールを知っている奴がいるってことか?」
スズメは大きく頷いた。
「そうよ。ドールはもう長い年月を様々な生き物に狙われながら生きてきた生き物よ」
「でも、狙うって一体誰が?」
「人間・動物・虫・種類によっては草木まで。あらゆる姿に変化出来るドールは、その存在を知られたありとあらゆる生き物から狙われてきているわ」
「動物や虫にまで……。それじゃあ、ドールはあっという間に絶滅してしまうじゃないか!」
「だから、私達がルナを護っているのよ」
スズメが言うとルナも言葉を続ける。
「スズメちゃんたちはいっつもあたしを守ってくれるんです、ご主人様。どんなに怖い目にあっても、スズメちゃんたちがいてくれたら、怖いのはどこかに行って安心なんです」
「スズメが、護る?」
優輝は改めてスズメの全身を見回す。どこかに武器を持っている様子もない、普通の少し大人びた女の子としか見えない。整った顔や鋭い目は迫力はあるが、ドールを狙ってくる連中がそれで怯むとも思わなかった。
その視線に気付いたスズメが言う。
「お前で護れるのか、とでも言いたそうな顔ね?」
考えを読まれた優輝が、素直に頷く。
「別に、お前をバカにするとか、なめてるってわけじゃあないけどさ。例えばさっき言った、国の長というか、偉い奴らが刺客みたいなのを送ったとして、訓練を受けた連中とお前は戦えるのかって、さすがに疑問だよ」
「ふうん」
スズメは肩をすくめて適当に返事をする。優輝の横でルナは自慢げに言う。
「平気ですよ、スズメちゃんはすっごく強いんですよご主人様。スズメちゃんがいたら、安心なんです!」
「強いって言ったって」
視線をルナに向け答える。強いと言ってもあの華奢な身体で何が出来るのか。そう思い再び視線をスズメに向けたとき、そこにスズメの姿は無かった。
「えっ? あいつはどこに…」
「これで少しは私の力、信じる気になった?」
スズメの声。優輝の真後ろからする。冷たい手が、すっと首筋に触れる。優輝が目を離したほんの一瞬の間に、スズメは音も無く優輝の真後ろに回っていたのだ。
「ま、マジかよ……! スズメ、お前は、な、何者なんだよ?」
隠されているというドールの存在を知り、それを護り続けているという女性。音も無く狭い室内で人の背後に回り、今までも狙われていたであろうルナが絶対的に信じる存在。
「僕たちはルナを護る者。その為に特別な道を生きる者さ」
天井のルナが落ちてあいたままの穴から声がする。続けて一人のブレザーを着た長身の女性が降りてきた。構キリト。先程廊下で出会ったぼくっ子の転校生だ。
「キリトちゃん!」
キリトが現れると、ルナがキリトに駆け寄り抱きつく。キリトもまた、ルナやスズメの仲間ということなのだろうか。優輝の後ろでスズメが語り掛ける。
「何しに来たのキリト。学校は?」
「2時間目で抜けてきたよ。まぁアゲハがうまくやってくれるよ。あっはは!」
「私に続いてあんたまで抜けてきちゃって、転校生が二人ってだけでも目立つのに、その二人が同じ日に早退なんて、余計に目立っちゃうじゃない。何考えているのよ」
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