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奏が再び茶化してくる。紅は少し心配するようにかがりを見ていたが、その視線に気付いたかがりは紅に頷いて見せた。紅は笑顔で答えると浩成に向かって言った。
「じゃあ、私も浩成って呼ばせてもらっていい?」
「おいおいお前たち」
犬神が静止したが、浩成はとくに気にしなかった。友達が出来たようで嬉しいという気もした。父以外に呼び捨てにされるのは、退学する前以来なのだ。
「いえ、いいんです。なんだか浩成って呼んで貰えた方が、嬉しいですし」
「そうか? ……じゃあ、私も浩成と呼ぼうかなぁ」
顔をポリポリとかきながら犬神が言う。西園寺が犬神にツッコミを入れた。
「そもそも、特務課の中で自分のことを私なんてよぶ宗樹、気持ち悪いんだけど?」
「う、うるさい! 浩成君、いや浩成はまだ特務課に入ったわけではないんだぞ。きちんと接しなくては失礼だろう!」
すかさず奏が言葉を挟んだ。
「へぇー。じゃあ私たちには失礼でもいいわけだ? ひどいわね、主任!」
「あっはっはっはっは。宗樹、味方がおらんのう」
一二三が皆のやり取りを見て元気のいい笑い声を上げた。いいな、と浩成は感じた。この温かい雰囲気は団らんに似ていて、ぬくもりに飢えていた浩成の目には眩しく見えた。
「と、とにかく! 顔合わせはこれで済んだな」
話しをなんとか纏めようと犬神は切り出す。紅が手を挙げていった。
「能力の方はいいの? 皆の能力を説明しないで」
「それはまだいい。彼自身、そして俺もまだ彼の能力について色々調べないといけないからな。他の人間の能力を今教えても、こんがらがってしまう恐れもあるし。お前たちが悪ささえしなければ問題ない。そうだろう、奏?」
「ちょっとぉ、あたしだけ名指しぃ? 失礼しちゃうわね」
どうやらここにいる人間、少なくとも紅や奏は浩成と同じく能力というものを持っているらしい。ただ、浩成はそれでも言っておきたい事があった。
「あの、でも犬神さん。これだけは言わせてください」
浩成の申し出を受けた犬神が答える。
「余り無理に自分をさらけ出すことはないからね。言っておいたほうが気楽な事だけ、話したらいい」
「ありがとうございます。えっと、俺の能力は鏡に関するものみたいです。それで、この能力をきちんと俺が把握できるまでは、俺と一緒に鏡や、何か映るものに並ばないようにして欲しいんです」
そういって浩成は周りを見る。先程までふざけていた奏も、そして西園寺や紅たちも真面目な顔で話を聞いてくれている。能力というものの危険性は、よく理解しているようであった。
「おかしなお願いで申し訳ありません。よろしくお願いします」
「話してくれてありがとう、浩成」
紅が前に出てきて、しゃがみこんで礼をした浩成に目線を合わせて言う。
「ねえ、犬神主任。私たちも注意事項というか、今浩成が言ったくらいの事は言っておいた方がいいんじゃない?」
言われた犬神は、左手で口元を隠し、少し間をおいて首を縦にふった。
「確かにな。それぞれに特性があるが、普通に接していても起きてしまう可能性はある。話しておいたほうがいいな。紅、よく気づいてくれた」
「ふふ、これでも一応、補佐役ですからね」
眼鏡のふちをくいっとあげながら紅が得意げに言った。
「はいはーい! じゃあ、あたしから言いまーす!」
元気な声が特務課に響く。嬉しそうに右手をあげた奏が、小走りに浩成に駆け寄る。
「いーい? 浩成。奏お姉さんがどんなに魅力的だからって、あたしと軽々しく約束とかしちゃダメよー?」
「約束?」
「そう、約束。だから、もしあたしが、約束してね? っていっても素直に約束は結ばないこと。いいわね?」
「なんというか、わからないですけど、わかりました」
「それウケる! でもうん、そうね。わからないけどわかって。よろしく!」
奏とは、物事を約束しない。浩成は頭の中に叩き込む。しかしこういった決まり事がこれから人数分語られるのかと思うと、メモを取りたい気持ちになった。それを察したのか、かがりが無表情に1冊のメモ帳とペンを差し出してくれた。
「私は、沢山、持っているから」
「ありがとう」
いかにも女の子が好みそうな可愛い花柄のメモ帳に、浩成は皆の名前をひらがなで書きこんでいく。奏の所には、約束はしないと強く書きこみ下線も引いた。
「じゃあ、次は私ね」
紅がそういうと、浩成の顔をのぞき込んだ。ぱっちりとした目が浩成の目を見つめている。目の中に浩成が映り、浩成は一瞬どきりとしたが、目の中の浩成は、特に動き出したりはしないようであった。
浩成は安心して、見つめ合うのも気まずく紅の目から視線をそらそうとした。が、不意に思い通りに目が動かない事に気が付いた。
「あ、あれ?」
「目の中に映りこんだ自分が何かしないか、心配になったんでしょ」
考えていたことをそのまま言い当てられて、浩成は驚きつつも答えた。
「はい! その通りです。どうしてそれを?」
「これが私の能力よ。奏みたいな言い方をするなら、いくら私が魅力的すぎるからって、私の目を見つめすぎない様にね。まあ、私はきちんと能力を制御できるけど、一応ね」
目を合わせ過ぎてはいけない。浩成は頷きながら、バカ正直にメモ帳の紅のところに書き足していく。はっきりとわからない以上、言われたことを素直に聞くしかない。そんな浩成の様子を見て紅が言った。
「うん、大変素直でよろしい!」
「よろしいはいいけどさぁ、人の声真似とかやめてくれるー?」
「さて、かがり。次はあなたの番よ」
紅は奏の抗議をさらりと無視すると、メモ帳を渡してちょうど近くにいたかがりを浩成のほうにうながした。
「かがり、無理はしなくていい。やりにくかったら難しいと言えばいい」
犬神が助け舟を出すと、かがりがかすかにこくんと頷いて口を開いた。
「私は、能力に関係するから、多くは、喋らない。あまり、気には……」
言葉につまり、かがりは犬神の方を見た。犬神が続ける。
「かがりの能力は言葉に大きく関係しているんだ。それゆえかがりはあまり多くの事を話さないし、話し方も時にぎこちなくなる。でも、決して悪気があったりするわけじゃあないんだ、気にしないでくれ」
犬神がそうまとめ終わると、かがりは浩成に軽く頭を下げた。
「わかった。ありがとう、かがり」
浩成はメモ帳のかがりのスペースの部分に、言葉が能力であまり話せない、と書き足す。浩成がメモ帳に書き終わるのを待って、デスクに腰掛けていた奏が立ち上がった。
「ま、こんなもんで紹介は終わりかなー? お腹すいたぁ」
「え? あの、他の方は?」
浩成が奏と西園寺や犬神のほうを交互に見ながら言うと、犬神が答える。
「俺はただのおっさんだよ、ちょっと目はいいけどね。他はなんの変哲もないおっさんさ」
「なにがちょっとよ。信じられない位の視力だわ」
西園寺に突っ込まれ肩をすくめてみせる犬神。浩成はメモするかを迷ったが、念のために犬神の名前の横にとても目が良い、と書き足した。
「随分真面目なのね。だけど、私のところには医師とだけ書いておいてくれればいいわ。それに私は特務課所属というより、特務課を含めた公安部関連全般の医療に携わっているから」
「といっても、最近は特務課専任にされがちじゃがのう」
楽しそうに一二三がいうと、西園寺がむっとした表情で言った。
「皆がほかの医師に冷たく接するからでしょう、それは」
「だってさぁ、他の連中は能力のこといまいちわかってくれないし? あたし西園寺がいいもん」
頭の上で手を組んで奏が言う。紅もそうね、と同意した。
「ま、西園寺とは昔から腐れ縁だしな」
「どうせ医者が来るなら美人がいいに決まっとるわい」
犬神が諦めたように、一二三がおかしそうに言う。かがりも遠慮がちに
「うん、西園寺先生」
と言った。色々と言葉は省かれてそうではあるが、西園寺には伝わったらしい。
「はいはい、これからもよろしくね。浩成君も、皆も」
気だるげに腰に手を当てて、西園寺が言った。浩成がちらりと一二三の方を見る。この人も能力は無いのであろうか? 視線に気付いた一二三が口を開いた。
「わしはなんの変哲もないじじいじゃよ、じじい。そうだなぁ、うむ。公安部のだれよりも公安に置かれているトイレについては詳しいかもなぁ、じじいになるとトイレが近いからのう。わはは!」
豪快に笑い飛ばす一二三。浩成は小さな文字で念のためトイレに詳しい、と書き足した。一人だけ何もないのがメモ帳の空白が目立ち寂しく感じたからだ。そして、その全員を大きく丸で囲み、特務課、と書き足した。
「皆さん、話してくださってありがとうございました。改めて、よろしくお願いします」
浩成が頭を下げる。紅から、奏からよろしく、という声が返ってくる。腕時計を見た犬神が場をまとめる。
「さて、各位紹介も終わった所で、今日の全体の伝達事項はもう特にない。今日のところはこれで解散としよう。今回の出口は各自自由。服装を変える必要も特にない」
「出口? 服装?」
浩成が眉をしかめると、紅が説明してくれた。
「ここ、公安部特務課は秘密の組織なの。それは聞いた?」
「はい、そう聞きました」
「それは聞いているのね。それで、所属する人間は身元を調べられたりしないように、顔を隠して出入りしたり、いくつかある出入り口を分けて使ったりしているの」
「そこまでするんですか?」
「むしろ出入り口に関しては足りないくらいよ。今増設工事もしているけど……。私たちみたいな特殊な存在が世間に知られたら、居心地悪くなっちゃうからね」
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