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第一章
「というわけで、今日から一緒に住むモモちゃんでーす!」
「かなたくんのカノジョのモモでーすぅ。お世話になりまーっすぅ!」
「いや、マジで? マジで言ってんの?」
マジだけど、と真顔で言い放つこの男、山田かなたは下積み時代からのルームメイトだ。声優戦国時代に苦節十数年。養成所の頃からこの部屋で切磋琢磨しつつ、酸いも甘いも嚙み分けてきた盟友だ。
近頃やけに帰りが遅いと思っていたら、今朝七時、やたらアニメ声のカノジョとやらを連れて帰ってきた。同業だと言うが、見たことのない顔だ。べとべとの唇とツインテール、そろそろキビしくなってきてるって、誰も教えてやらないんだろうか。
「マジよ。大マジ。モモちゃんこないだから家なくてさ、さすがに漫喫転々とさせんのも心配で」
「いや、だからって、何でうち? 俺どうすればいいの?」
「いていいよ。普通に」
「いていいよって。ここの家賃払ってるの俺達だよね?」
「あー、モモちゃんにも出してもらうから」
「そういうことじゃなくて。無理だよさすがに、俺出てくから」
いや、なんで俺が? とは思う。
思うけど、二人を追い出したところで今の俺に、この部屋の家賃を一人で払う財力はないし、このカップルと同棲なんて考えただけで虫唾が走る。俺が出ていく他に方法が見当たらない。
結局いつものパターンだ。俺はいつも肝心なところで流されてしまう。だからマネージャーへの押しも弱いし、オーディションでも連敗続きなのだろう。
溜め息を吐きながら、積み上げてある肌色多めの表紙の漫画と台本をトートバッグに詰め込む。これが俺の、今日の仕事だ。
「あーっ、『バラキス』じゃないですかぁ! あたしぃ、これ大好きでぇ」
「えー、モモちゃんBLとか読むの?」
キンキン声の歓声が降り注いだと思ったら、今度は友人の媚びた声。なんて不快な朝なんだ。現場に入る前にもう一度読んでおきたかったけど、ここでは無理そうだし、カフェで読むのも気が引ける。
「ううん。腐女子の友達に勧められて読んでみたらハマっちゃってぇ。もしかして、これのアニメ出るんですかぁ?」
「まあ。裏名義ですけど」
「へぇ、BLでウラとか珍しい! でもまあ、男性声優さんも、いろいろ大変ですよねぇ」
テキスト ボックスそう、大変なのだ。本名である「貝崎律己」名義でやっている仕事の収入はもはや雀の涙。フォロワーが減りつつある公式SNSでできる告知は年に五本あるかどうかだ。
この崖っぷちの苦しみを分かってくれるなら、かなたと二人でアパートでも借りて出てってくださいよ、などとは言えないのが悲しき性分で。
「じゃ、俺は近々単身者用の部屋でも探すので。どうぞごゆっくり」
無理やり眉を下げながら言い残して部屋を出ると、冷たい風に木の葉が舞っていた。
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