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プロローグ
「講義が終わったら、一緒に中庭に来て欲しいの」
都内の大学に通う二年生の森広耕司は、科学英語を受講中に後ろに座る米川奈帆からそう伝えられた。
講義が終わり、森広は奈帆と一緒に中庭へ向かう。
季節は春をむかえていて、校舎に囲まれた中庭では、木々が青く色づき、暖かい季節の訪れを告げている。
雲が少し浮かんでいる空は、建物で四角く切り取られている。
森広と奈帆は、中庭のベンチに座る。
奈帆は向かいの校舎を見て、黙っていた。これから口にする言葉には、勇気が必要だった。
「私、森広くんの寡黙だけど、理知的なところに惹かれてたの。真剣に交際したい」
奈帆が言う通り、森広は寡黙だが、理性が宿る瞳をしていた。
鼻は少しとがっていて、表情にはときどき影が帯びる。
対して奈帆は、黒髪を肩の高さより少し下に切り揃えている。
大きく優しげな瞳と長い鼻、小さく締まった唇をしていて、おっとりとしているように見えるが、芯の強そうな女性だった。
森広にとって、奈帆は同じ物質生命理工学科で学んできた女性だ。
しかし、森広は誰に対しても恋愛にはこたえられない。
高校生のときに付き合っていた恋人が不慮の事故に遭い、一生会えなくなってしまってからは。
でも、そのことを奈帆は知らない。
「奈帆さんの気持ちを受け入れられない、本当にすまない」
と、悲しげな表情でこたえる。
奈帆は、その返事と表情から、私に原因があるのではなく、森広くん自身の問題なのだと察して、
「何か理由があるのかもしれないのね」
そして、全身の気力を振り絞って、
「でも、友達として時間を共有したい。森広くんの負担にならなければ」
そんな優しい言葉をかけてくれる奈帆に、森広は申し訳ない思いだった。
「奈帆さんの気持ちはとても嬉しい。奈帆さんが悪いわけではなく、僕自身の問題なんだ。僕も友達として関係を築いていきたい」
こうして、森広と奈帆は友人として今後のつながりを深めていくこととなった。
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