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友梨と蓮が復縁してから数日が経った。
「千恵、もう元気出た?」
友梨は教室で千恵の顔を覗いた。
「あぁ、うん。大丈夫。もう吹っ切れた」
千恵は苦笑いした。
「それにー…アイツ、もう彼女がいるみたいだし」
千恵はそう言うとため息をつく。
「はぁあ?!もう?…っていうか、その相手って…」
友梨は額に怒りマークを浮かび上がらせた。
「そう。例の私が目撃した女の子」
千恵はやれやれとばかりに言う。
「…っ」
友梨達の一連の会話を聞いていた友梨の隣の席に座る銀一は、何とも言えない感情になっていた。銀一も千恵の元カレの浮気現場を目の当たりにしており、複雑な心境となっていた。
「もうそんなクズ男は忘れな!!千恵にはもっと相応しい素敵な人がいるから大丈夫!」
友梨は千恵の手を硬く握った。
「アハハッ!うん。ありがと」
千恵は満面の笑顔で笑った。
「・・・」
どことなく吹っ切れたような千恵の笑顔を見た銀一は、何だかホッとしたような気分になり安堵した表情になった。
--
放課後-
授業が午前で終わりのこの日は、昼にはもう下校する時間となった。友梨は千恵や永奈と共に蓮の教室へと向かっていた。
すると蓮の教室前の廊下で、千恵の元彼である真司と、真司の新しい彼女である有沙を含む数人が会話をしていた。
「俺の元カノ、早速同じクラスの奴と良い感じなんだぜ?絶対アイツ、俺と付き合ってた時から浮気してただろ」
真司が大声で話していた。
「えぇー!じゃあ私達の事なんて言えないね」
有沙が笑いながら話す。
「所詮、アイツもその程度だったってことだな」
真司が不敵な笑みを浮かべながら言った。
「…っっ」
千恵は驚き固まった。
そして固く拳を作った。
「・・・」
永奈は心配そうに千恵を見た。
「何アイツ…信じられない。ちょっと私一言言ってくるッ」
友梨は怒りながら真司に文句を言いに行こうとした。
「いいッ!」
千恵は友梨の腕を咄嗟に掴んだ。
「え…でも」
友梨は険しい顔で千恵を見た。
「もう関わりたくないから良い…」
千恵は俯く。
「千恵…」
友梨と永奈は呆然と千恵を見つめた。
「分かりやすいな」
すると突然、聞いた事のある声がした。
友梨や千恵、永奈は驚いてその声の方に目を向けた。
それは、銀一であった。
銀一が真司に向かって言っていた。
友梨達は驚きながら銀一を見守った。
「はぁ?」
真司は怪訝な顔をして銀一を見た。
「"自分を棚に上げて"って言葉をこんなにも分かりやすく再現してる人、初めて見たわ」
銀一が冷めた表情で真司を見つめていた。
「は?何がだよッ」
真司は敵意ある眼差しで睨む。
「樋口さんとアンタはもう恋人同士でも何でもないんだろ?だったら、別れてすぐに他の男と仲良くしてたって別に不思議じゃないじゃん。だって樋口さんは、アンタみたいにもう新しい恋人作ってるわけじゃないんだし」
銀一は強めの口調で言う。
「…っっ」
真司はばつが悪そうに顔を背ける。
「さすが浮気してた奴の言う事だよな。別れてんのに他の男と仲良くしてたぐらいで、すぐに浮気してたんだとか言っちゃうあたりがさ。そういう考えって、自分が浮気してたからこそ思いつくんでしょ?」
銀一は不敵な笑みを浮かべた。
「…っ!」
銀一の珍しく挑発する姿に、友梨達は目を丸くさせた。
「…っっ、テメェ…」
真司はムキになり咄嗟に銀一の胸ぐらを掴んだ。
銀一の友人である隆ノ介は後ろで慌てふためきおどおどしている。
「向島ッ…」
千恵が慌てて駆け寄ろうとした。
するとそこへ蓮が現れ、真司の腕を掴んだ。
「清須くーん、何ムキになっちゃってんのー」
蓮はそう言いながら、真司の手を銀一の胸ぐらから外した。
「蓮…」
友梨は突然現れた蓮に驚き見守った。
蓮の友人慎也も、後ろで静かに見守っている。
「清須さぁ、お前…コイツが言ってる事、図星だろぉ?まぁ現に俺とコイツ見ちゃってるからさァー。半月ぐらい前だったかなぁー、お前がまだ樋口と付き合ってた頃?お前と伊藤が本屋でイチャついてんのをさ。えーっと…熱海だっけ?良い観光スポットはあったん?お前ら一緒に行くんだろ?しかも泊まりで。あぁ、あの日の前日も確か…お前らお泊まりしてたんだっけ?清須んちで」
蓮は、真司と有沙をジロリと見た。
「・・っ!!」
真司と有沙は驚き気まずそうに俯く。
「清須…、付き合ってる彼女がいながら他の女と旅行の計画するのはダメだろぉ。ましてや、彼女以外の女を家に泊まらせるなんてさ。そういうのを"浮気"って言うんだぜぇ?別れてから他の男と仲良くしてる樋口の事は、浮気って言わないの。分かる?」
蓮は不敵な笑みを浮かべながら言う。
「久岡には言われたくねぇよッ。お前だって彼女いんのに、他の女とイチャついてたじゃねぇか!」
真司は蓮に食い下がる。
「あぁ…彼女の前だけでな?」
蓮は冷めた表情で言った。
「え…」
「俺はいつだって、友梨の前でしかそんなことしてなかったよ。でも…いくら彼女の目の前だけって言っても、そんなガキっぽい事するのは良くねぇなって反省したし、もうやらねーよ。でもお前は違うだろ?彼女の目の届かねーところで他の女とイチャついてんだから…そっちの方がダメだろッ。そんなテメェみたいなゲス野郎と俺を一緒にすんな」
蓮はギロリと真司を睨んだ。
「・・・っ」
真司は、ばつが悪そうにした。
すると、千恵は静かに真司の方へ歩いて行った。
「千恵…」
友梨は千恵を心配そうに見守った。
「千…恵…」
目の前に現れた千恵の姿に真司は驚いた表情をさせた。
「私…真司が浮気してんの気づいてたよ。でも…私は違う。真司とは違うよ。真司と付き合ってた時は、他に仲良くしてる男なんて私には一人もいなかった。私の好きな人は真司だけだったから。真司みたいな浮気する側の人間なんかに、私を無理矢理引き込まないでくれる?人類…そんなに腐ってないよ。あなた達みたいに浮気する人間ばかりじゃない。真司のその目に広角レンズでも付けて、世の中をもっと広く見渡してみなよ。あなた達みたいな人間の方が少ないってことが分かるから」
千恵がハッキリとした口調で真司に言った。
その場にいた友梨達は皆、千恵を真剣な表情で見つめた。
「・・っ。し、知ってたなら…何で何も言わなかったんだよ…。お前いつも何考えてるか分からなかった。俺が他の女と一緒にいたっていつでも涼しい顔して嫉妬なんかしてくれなくて。千恵は、俺の事なんてそんなに好きじゃなかったんだろ?少なくとも俺は、本気で好きだったのに…」
真司がそう言うと、すかさず友梨が声を上げた。
「それは違うね」
皆一斉に友梨を見た。
「本気の好きに、嫉妬するかしないかは関係ないでしょ」
友梨は真っ直ぐ真司を見ながら続けて言う。
「本気で好きっていうのはねぇ、嫉妬してくれなくてモヤモヤしたなら、きちんと相手の気持ちを直接聞いて確かめるの。嫉妬してモヤモヤしたなら、ちゃんと自分の気持ちを直接伝えて相手にぶつかってくの。それで絶対に、諦めたり手を離したりしない。違う方を見たりなんかしないのッ!嫉妬するかしないか以前に、お互いに腹を割って話せるかどうかなんだよ。格好つけずに恥を捨てて」
「・・・っ」
真司は静かに俯いた。
「友梨…」
蓮は呆然としながら友梨を見た。
千恵達は皆真剣に友梨を見つめている。
すると、友梨が続けた。
「そう言う事で言えば、本気で好きじゃなかったのよ。清須くんも…千恵も」
友梨は厳しい眼差しで真司達を見た。
「・・そうかも…しれない」
千恵が静かに口を開いた。
今度は皆一斉に千恵を見た。
「うん、そうだわ…。私…真司の事、本気で好きじゃなかったのかもしれない。何か…ごめんね、真司。次は…お互い本気で好きになれそうな人、見つけられるといいね…」
千恵は力が抜けたように微笑みながら言った。
「千恵…」
真司は呆然と千恵を見つめた。
「あっ、でもー・・もう私は大丈夫だから」
千恵はケロッとした顔をした。
「え…」
真司はキョトンとする。
「私、もう見つけられた気がするの…本気で好きになれそうな人」
千恵はそう言うと、銀一をチラッと見た。
「・・っっ!」
銀一は驚いた表情で千恵を見た。
「なんか邪魔したわね。お幸せに、二人とも」
千恵は、真司と有沙に余裕ある笑みを浮かべながらその場を後にした。
「・・・・っ」
真司と有沙は呆然と千恵を見送った。
友梨達は揃って慌てて千恵を追いかけて行った。
「ねぇねぇ、清須くんと有紗さんって浮気あがりのカップルだったってことー?」
「えーちょっと引くー」
「でも樋口さんは、清須くんより向島くんの方が良いだろうね。向島くんは浮気しなさそうだし…なによりイケメンだし…」
「樋口さん…清須くんと別れてかえって良かったんじゃない?」
「確かに…。伊藤さんもそのうち浮気されちゃいそうだよねぇ」
「浮気の前科ある男ってそれだけでもう信用できないもんねー」
真司と有沙の周囲にいた女子生徒達はヒソヒソと話をしていた。
「・・・っ」
周囲の会話が一部始終聞こえていた真司と有沙は、ばつが悪そうに身をすくめた…。
「ねぇ、さっきの俺…かっこよかった?」
蓮が友梨に尻尾を振る。
「惜しいッ!」
友梨はジロリと蓮を見た。
「え」
蓮は瞬時に尻尾を振るのをやめる。
「そぉいう所だよー!もーう!それ言わなきゃ満点だったのにぃー」
友梨がため息を吐く。
蓮はしゅん…とした。
「でも…」
「・・?」
「まぁ…かっこよかったよ…」
友梨はポツリと目を逸らしながら呟いた。
「え…」
蓮は目を見開き友梨を見た。
友梨は顔を赤くしていた。
「・・っ」
そんな友梨の照れた様子を見た蓮は胸をキュンとさせ、友梨の手をギュッと握り手を繋いだ。
友梨が驚いて蓮の顔を見ると、蓮もまた顔を赤くさせていた。
友梨は小さく微笑んだ。
「向島…あ…ありがとね…」
千恵が顔を赤くしながら銀一に言った。
「いや…騒ぎにしちゃって…何か…ごめん…」
銀一も若干頬を赤くし俯きながら言う。
千恵はそんな銀一をチラッと見ると静かに言った。
「謝んないでよ。こっちこそ…ごめん、巻き込んじゃって…」
千恵も俯く。
「ううん、いいよ。あんなに腹が立ったの、久しぶりだったから…何か…つい…」
銀一は苦笑いした。
千恵は驚いて銀一を見た。
すると静かに口を開いた。
「向島って…優しいね」
「え…。いや、そんな事ないけど…」
銀一は照れくさそうに笑った。
「こりゃあ…どんどん好きになっちゃうわ」
千恵は顔を赤くしながらそう言うとチラッと銀一を見た。
「え…」
銀一は驚いて千恵を見ると、みるみるうちに顔が赤くなっていった。
銀一のそんな様子を見た千恵は思わず笑みを溢した。
「そう言えば蓮、向島くんと本屋にいたって言ってたけど、何か本買いに行ったの?」
友梨はまじまじと蓮の顔を見た。
「…っっ!!あーまぁ…な」
蓮が引き攣った顔をする。
「何の本買ったの?」
友梨は蓮の顔を覗く。
「…っっ、それはー・・まぁ、向島と俺だけの秘密だよッ!なぁ?向島ッ」
蓮は銀一の肩に手を回した。
「・・っっ、そう…だね…」
銀一も引き攣った顔で応える。
「え?二人だけの秘密?何それ」
友梨は不思議そうな顔で蓮と銀一を見た。
「そういやぁ、蓮…。お前、向島とチューしちゃったとか言ってたよな?」
蓮の友人である慎也がすかさず言う。
「えぇっ!久岡くんって…どっちもイケる口だったのーッ!?」
銀一の友人である隆ノ介が蓮をまじまじと見た。
「ちっげーぇよッ!!あれは事故なんだよッ!その変な言い方やめろッ」
蓮は必死に反論する。
「僕は別に良いと思うけどね、これからの時代は多種多様な時代だし」
隆ノ介は笑顔で言う。
「だからァッ!!ちげぇんだよ…って、お前は何ガチで引いてんだよッ!」
蓮は銀一の冷ややかな眼差しを跳ね返す。
そんな蓮と銀一の姿を見た友梨と千恵は、お互いに顔を見合わせ笑った。
「あ…鶴ヶ崎さん、何か落としたよ」
隆ノ介がハンカチを拾い永奈に手渡した。
「あっ!!」
永奈の落としたハンカチは、永奈が愛読している少女漫画の推しが描かれているハンカチだった。
「あ…ありがと…」
永奈は顔を赤くした。
「鶴ヶ崎さんってそういうのが好きなんだね」
隆ノ介が永奈のハンカチを見ながら言った。
「・・うん…。引く…よね…」
永奈は引き攣った顔をさせた。
「え、何で?別に引かないけど」
隆ノ介はキョトンとした顔をした。
「…っっ!ひ…引かないの!?」
永奈は意外な反応を示す隆ノ介に驚く。
「うん。だって…人の趣味が多種多様なのは当たり前でしょ?」
隆ノ介はキョトンとしながら永奈を見た。
「・・・そう…だね…」
永奈は何だか嬉しい気持ちになり自然と笑みが溢れた。
永奈は、心の中で何かが芽生えて行くのが分かった。
「長谷くんは…何か好きなものあるの?」
永奈は隆ノ介の顔をチラッと見た。
「僕は、特撮ヒーローものがずっと好き。中でも、お面ライダーは永遠の憧れだなッ」
隆ノ介は笑顔で堂々と話す。
そんな隆ノ介の様子に永奈は呆然と見惚れていた。
「ん?引いた?」
隆ノ介は永奈を見た。
「引かないよッ!全然!!むしろ…すごく良いと…思う…」
永奈は顔を赤くさせながら言う。
そんな永奈を見た隆ノ介は何だか少しむずがゆい気持ちになり、隆ノ介もまた少し顔を赤くした。
そしてポツリと呟いた。
「それは…どうも…」
「慎也先輩ッ!」
ふみ香が慎也を見つけるなり近寄ってきた。
「よおッ、ふみ香ちゃん」
慎也が手を挙げる。
「慎也先輩、今日これから空いてます?」
ふみ香が慎也の顔を覗く。
「うん、空いてるけど?」
「じゃあ、この前話してた映画観に行きましょうよ!昨日公開された、"きつねの八重歯"!」
「おーッ!いいぜー」
「何?きつねの八重歯って…」
蓮がキョトンとした顔で慎也を見る。
「えぇーっ!先輩知らないんですかあー!?今すっごく流行ってるアニメなんですよーッ」
ふみ香が驚いた顔をして蓮を見る。
「え、そうなの?私も知らない…」
友梨もキョトンとする。
「おいおい、マジかよーッ!すっげぇおもしれぇんだぜッ?大正時代の日本で各地に出没する妖怪お揚げを、きつね隊が八重歯で噛みちぎって成仏させる話なんだよッ!」
慎也が得意げに話す。
「そうそうッ!それでラスボスのお揚げ辻惨昧を倒すんですよねッ」
ふみ香も目を輝かせながら熱弁している。
「何か…興味深いけど…胸焼けしそう…」
友梨が苦笑いする。
「うどん食いながら観てぇな」
蓮が真面目な顔をして言う。
「あそうそう、きつねの八重歯効果で今…うどん屋が儲かってるらしいぜッ」
慎也が目を丸くした。
「スーパーのお揚げも今品薄状態らしいですよッ!それだけ社会現象になってるんですよッ」
ふみ香も目を丸くしている。
「そう…なんだ…」
友梨は呆然と慎也とふみ香を見つめた。
「そう言えばお前ら、いつの間にそんなに仲良くなってんだよ」
蓮は慎也とふみ香をまじまじと見た。
「え、前からだぜ?まぁ、お前らが危機的状況だった時ぐらいからかな?」
「ほんっと、蓮先輩と友梨先輩には世話が焼けるったらありゃしないですよッ」
ふみ香はツーンとした表情をした。
「あぁ…その節は本当にお騒がせしました…」
友梨はペコリと頭を下げる。
蓮は照れながら顔を背ける。
「でも…本当、馬渕くんと結城さんのおかげで私は諦めずに済んだの。自分から幸せを放棄しちゃうところだった。本当に…ありがとね、二人とも」
友梨は笑顔で慎也とふみ香を見つめた。
「友梨…」
横で友梨の言葉を聞いていた蓮は、友梨を呆然と見つめた。
友梨は蓮の視線に気づくと、蓮にニッコリと笑う。
「俺もッ!俺も幸せ逃さなくて良かった…」
蓮は友梨の手を両手で握った。
「あーぁ、熱い熱い…」
ふみ香は冷やかすような眼差しで蓮達を見た。
「さぁて俺達は、だしバーでだしでも飲んでから、きつねの八重歯観に行くとするかぁー」
慎也はやれやれとばかりに言う。
「私カツオにしよー」
「俺は昆布だな」
ふみ香と慎也はそう言いながら去って行った。
そんなふみ香と慎也をよそに、蓮と友梨はお互い熱く見つめ合っていた…。
蓮の左手にある小さな大三角形を中心に、たくさんの星で作られた星座(仲間達)が集まる。
その星座達は決して離れることはない、強い絆で結ばれている。
夏の天の川の真ん中に現れる、夏の大三角形のように、いつでも君の小さな大三角形は目印になる。
私はいつも追いかける。
君の、小さな大三角形を。
「そう言えば…きつねって八重歯あるの?」
蓮は静かに呟いた。
「・・・」
蓮と友梨は、無表情で見つめ合った。
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