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昼間の大三角形
友梨が蓮と別れてから二か月が過ぎていたある日、友梨達の高校では文化祭が開催された。
友梨達のクラスは友梨の提案で銀一が焼く「銀一たこ焼き」が通った。
「向島くん、法被似合うね!」
友梨は隣でたこ焼きの仕込みをしている銀一に声をかけた。
「花城さんも、捻りハチマキ良い感じだよ」
銀一が笑顔で返す。
「ほんと?」
友梨は照れながら笑顔を溢した。
そんな友梨に銀一は見惚れていた。
髪をアップにし捻りハチマキをして、珍しくおでこを出している友梨の姿は新鮮で可愛らしかった。
「友梨ーッ」
友梨の友人千恵が、同学年で別のクラスにいる彼氏、清須 真司と共にやって来た。
「あぁ、千恵…」
友梨はにこやかに手を振る。
「これからちょっと真司と回ってくるね」
千恵が照れながら言う。
「どうぞごゆっくり〜」
友梨はニヤニヤしながら手を振った。
真司は友梨と銀一を見てペコリと頭を下げた。
友梨と銀一も会釈をした。
「樋口さんって彼氏いたんだね…」
銀一は驚いたように千恵と真司を見送る。
「うん。付き合って半年ぐらい?だったかな…。蓮と同じクラスの清須くん。蓮とはあまり話す仲じゃないみたいだから…どんな人かは私もよく分からないんだけどねぇ…。千恵が清須くんと付き合い出してから二人でいるの初めて見たかも…」
友梨もぼんやりと千恵達を見つめながら言う。
「ふーん…そうなんだ…」
銀一はキョトンとした顔で、遠ざかる千恵達の後ろ姿を見つめた。
--
「蓮じゃーんッ!久しぶりぃー!」
蓮と同じ中学だった女子二人が蓮を見つけるなりすぐさま蓮に近寄ってきた。
「あ、久しぶりだな」
蓮がクールに応える。
「あれ、何かチャラさが減った?」
女子の一人が蓮の顔を不思議そうに覗いた。
「っていうか、冷たさが増してる?」
もう一人の女子も目を丸くさせた。
「べつに…」
蓮がぶっきらぼうに顔を逸らす。
「まぁいいやッ!ちょっと案内してよーッ!」
女子二人は蓮の両腕を占領し強引に引っ張って行った。
「えぇッ!ちょっ…オィッ!忙しいんだよ、俺はッ!」
蓮は抵抗しながらも女子二人に連れて行かれた。
「・・・慎也先輩…。蓮先輩ってほんとモテますねぇー」
ふみ香が蓮に引っ付く両隣の女子達をギリギリと睨んだ。
「だな…。アイツ、こういう時は一段と大変だな…」
慎也は苦笑いしていた。
--
蓮左腕女子「蓮ッ!お腹すいたぁ!あっ、たこ焼き食べたーい」
蓮右腕女子「いいねッ!たこ焼き並ぼうよー」
蓮「・・・っっ」
--
「・・ん?まさか…アイツら、たこ焼きに並んでる…?」
慎也が眉間に皺を寄せながら蓮達を見ている。
「どうしたんですかぁ?」
ふみ香がキョトンとして慎也を見た。
「あの銀一たこ焼き…誰が焼いてると思う?」
慎也が引き攣った顔で言う。
慎也の言葉を聞き、ふみ香は銀一たこ焼きで接客する女子の顔を見た。
「・・・っっ!!」
ふみ香は固まった。
銀一たこ焼きでは、にこやかに接客する友梨の姿があった。
「友梨先輩…」
ふみ香がポツリと呟いた。
「蓮の奴はー・・気づいてねぇな…」
慎也はそう言うと、ふみ香と共に憐れな眼差しで蓮を見守った。
--
クル…っ、クル…っ
「ウハハッ!これ楽しいッ」
友梨はたこ焼きをクルクルさせていた。
「花城さん上手だね」
銀一は笑顔で友梨を見た。
「ほんと?そんな事言われたら私、調子乗っちゃうよ?」
友梨はニカッと笑いながら銀一に言った。
そんな無邪気な様子の友梨に銀一は顔を赤くし釣られて笑った。
「いらっしゃいませー・・・」
友梨がそのままの無邪気な笑顔で目の前に立つ客に顔を向けた。
すると目の前にいたのは、両側に女子を引っ付けた蓮だった。
蓮「・・・っ」
友梨「…っ!!」
「・・っ!」
銀一も目の前に立つ蓮を見るなり驚き固まった。
「・・・ずいぶん楽しそうだなァ…」
蓮は不機嫌そうな顔をしながら友梨と銀一をギロリと見た。
「・・そう言う蓮こそ、両手に花で楽しそうじゃない」
友梨も額をピクッとさせながら蓮をジロリと見た。
すると友梨の手が鉄板に触れてしまった。
ジュ…ッ
「あっつ!」
友梨が慌てて手を上げた。
するとすかさず銀一が友梨の手を握り、持ち合わせていた氷水をかけた。
「・・・っ!」
その光景に蓮は目を見開き凝視した。
銀一「大丈夫?」
友梨「う…うん。大丈夫…あ、ありがとう…」
友梨は顔を赤くさせながら狼狽えている。
友梨と銀一のそんな様子を見ていられなくなった蓮は、すかさず声を大にして言った。
「たこ焼きッ!3つ!」
「あ、えーっと…たこ焼き3つですねー・・」
銀一は慌ててたこ焼きをパックに入れ始めた。
「・・・」
蓮は、顔を赤くし動揺している友梨を真剣な表情で見つめていた。
すると、蓮の左腕にしがみついていた女子が銀一を見ながら呟いた。
「かっこいい…」
蓮「…っっ」
友梨「・・・」
銀一「・・っ」
しばらく何とも言えない空気が友梨達を包み込んだ。
「・・ありがとうございましたー・・」
友梨は無表情で蓮達を見送った。
「・・・っ」
"友梨の奴、何だよあれ…。可愛すぎだろッ"
蓮は、二人きりで店番をしている友梨と銀一の姿に気が気でない様子になりながら、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
「・・・・っ」
友梨は両側に女子を連れている蓮を冷めた目で見つめていた。
「手、大丈夫?」
銀一が心配そうに友梨の手を見ている。
「あぁ、大丈夫だよ!ありがとね…」
友梨は明るく応えると、続けて言った。
「ごめんね…何か変な空気になっちゃって…」
友梨は苦笑いしている。
「ううん、いいよ。俺より花城さんの方が大丈夫だった?その…気分とか…」
銀一がチラッと友梨の顔を覗いた。
「えっ!わ、私?私は、大丈夫だよーッ!全然何とも思ってないし」
友梨は慌てて笑いながら言った。
「・・・っ。なら…良いけど…」
銀一は、どこか誤魔化すような友梨の表情が少し気になっていた。
すると、銀一はポツリと呟いた。
「俺だったら…そんな顔させないのに…」
「え?」
友梨はキョトンした表情で銀一を見た。
「いや、何でも…ない…」
銀一は俯く。
「・・?」
友梨は不思議そうな顔で銀一を見つめた。
「おつかれ、友梨ちゃん」
しばらくすると、今度は蓮の友人である慎也と後輩のふみ香が現れた。
「ああ、馬渕くんと結城さん…いらっしゃい」
友梨は営業スマイルをする。
「どうも」
ふみ香は友梨と銀一に頭を下げる。
「いらっしゃい」
銀一もにこやかに声をかけた。
「さっき蓮の奴来てただろ。女子二人と…」
慎也が気まずそうに言う。
「あぁ、両手に花だったわね」
友梨が苦笑いする。
「あの女子達、蓮が中学時代に同じクラスだった子達みたいでさ…。蓮は、あの女子達に無理矢理引きずり回されてるだけだから!…って、何でアイツの弁解を俺がしなきゃなんねぇんだよッ!ったく…」
慎也は慌てて蓮のフォローをするが我に返り、自身の立場に苛立った。
「アハハッ!馬渕くん、ホント蓮にとっては神だね。大丈夫だよ、文化祭だもんね…想像はついたよ」
友梨は笑顔で言った。
「…なら良いけどさ」
慎也はため息混じりに言う。
「それより…どっちかって言うとー、友梨先輩達のこの状況の方が蓮先輩が嫉妬しそうですけど」
ふみ香は友梨と銀一を交互に見た。
「えぇっ!?」
友梨と銀一は驚きながらお互いを見合った。
「あっ!もしかして…いつだか友梨ちゃんに告ったって言う…?」
慎也が驚いた表情で銀一を見た。
「・・・っっ!」
銀一と友梨は返す言葉がなかった。
友梨は銀一から告白されたことをすっかり忘れていた。
友梨は改めてその事を思い出すと、何だか恥ずかしくなった。
「二人、何か良い感じでしたけど…まさか付き合ってないですよね?」
ふみ香は険しい表情で友梨と銀一を見た。
「つ、付き合ってないよッ!」
友梨と銀一は顔を赤くしながら口を揃えて言う。
「ふーん・・」
ふみ香は友梨と銀一をジロリと見ながら言う。
「ちょっと、結城さんッ。本当だからね!?」
友梨は慌てながら言った。
「ハイハイ」
「・・・っ」
「まあ、逆にいいんじゃないの?蓮も改めて分かるでしょ、嫉妬する方の気持ちが…」
慎也は笑顔で言った。
「ハハ…」
友梨は苦笑いした。
その後、慎也とふみ香はたこ焼きを買って帰って行った。
「はぁー・・。向島くん…何かごめんね…。また変な空気になっちゃって…」
しばらくして客が途切れると、友梨は銀一に申し訳なさそうに言う。
「花城さんは悪くないでしょ。謝らないでよ」
銀一は友梨を見た。
「あ、うん…。ありがと…」
「それにー・・・」
銀一はゆっくり口を開いた。
友梨はキョトンとしながら銀一を見る。
「花城さんが隣にいるってだけで、どんな空気になっても別に良いっていうか…」
「え…」
銀一は顔を赤くしながら真っ直ぐ前を見ていた。
そんな銀一を見た友梨も、なぜか銀一の緊張が伝染し顔が赤くなって行くのが分かった。
「・・それは…どうも…」
友梨はポツリと呟いた。
銀一が驚いて友梨を見ると、友梨は耳を赤くさせ俯きながらたこ焼きをクルクルさせていた。
銀一は小さく笑みを溢した。
「・・・・っ」
女子二人から解放された蓮は、遠くから友梨と銀一の姿を見つめていた。
蓮は、友梨と一緒にたこ焼きを焼いていた銀一が以前友梨に告白をした男である事に、すぐに気がついた。
二人とも赤くなった顔は、たこ焼きの熱で暑いからなのか照れているからなのか蓮には分からなかったが、二人のどこかぎこちない様子に胸をざわつかせていた。
「友梨の奴…何でアイツと一緒にやってんだよ」
蓮は、自分の中で高温の嫉妬というマグマが沸々と湧き上がって来るのを静かに感じていたのだった…。
--
しばらくして友梨は、友人の永奈達と交代し休憩になった。
銀一はサッパリとしたヘアスタイルにしてからというもの、蓮と同じように女子達に囲まれるようになっていた。
友梨は苦笑いをしながら静かに手を振り銀一を見送った。
銀一は慌てふためきながら女子達に連れて行かれた。
"モテる男の人って…大変だな…"
友梨は心の中で静かに思っていた。
友梨は一人校舎に戻り、蓮のクラスである教室の前を通りかかると、その教室の中では、先程蓮の右腕の方にしがみついていた女子が蓮に抱きついていた。
教室には蓮とその女子の二人きりであった。
「・・・っ!」
友梨は驚き思わず身を隠した。
すると、教室の中から話し声が聞こえてきた。
「私…蓮の事がまだ好きなの…。私と付き合ってくれない…?」
蓮に抱きつく女子が蓮に告白をしていた。
友梨はひっそりと息を潜めながら聞いていた。
「ごめん…。俺、好きな奴いるから…付き合えない」
蓮が真面目な口調で断っていた。
「・・・っ」
友梨は息を呑んだ。
「好きな子って…誰…?この学校の子?」
その女子は食い下がる。
「あぁ…」
「どんな子なの?」
「・・・デコ出しても、すげぇ可愛い子…」
蓮がポツリと言った。
「…っっ!」
友梨は急に顔が熱くなっていくのが分かった。
「何それーっ。それじゃ全然分からないッ」
女子が蓮に抗議する。
友梨は居た堪れなくなりそっと静かにその場を後にした。
"何あれ…。あんな事言うの…ズルすぎ…"
友梨は顔を赤くしドキドキしている鼓動を抑えながら廊下を足早に歩いた。
すると、生物教師のサブちゃんこと三郎丸 将吉にバッタリ会った。
「あッ!サブちゃんっ。ちょうど良い所に…」
友梨は藁をも縋る思いで教師の三郎丸に泣きつく。
「おぉう?花城、どうしたんだ?そんな赤い顔して」
三郎丸はキョトンとした顔をして友梨の顔を覗いた。
「サブちゃんっっ、今度生物室の掃除するから、屋上の鍵貸してくださいッ!」
友梨は三郎丸に縋る。
「えぇー?またァー?」
三郎丸は困った顔をする。
「少しだけッ!息抜きさせてくださいッ!危ないことは絶対しないので」
友梨は三郎丸を拝む。
「ハァー・・ったく…。少しだけだぞー。俺の教師人生がかかってるんだからな?危ないところには絶対行くんじゃねぇぞッ」
三郎丸はため息を吐きながら鍵を渡した。
「ありがとうございますッ!」
友梨は目を輝かせ三郎丸を見た。
「鍵、早く返せよ」
三郎丸はそう言うと去って行った。
友梨は三郎丸からか借りた鍵で屋上を開けると、屋上に入るなりペタンと座り込んだ。
「はぁ…疲れた…いろんな意味で…」
友梨はポツリと呟いた。
「ふぅー・・」
友梨は体育座りをすると、深呼吸をしながら空を見上げた。
"今日ってこんな天気良かったんだ…"
友梨はその日初めて見る空をまじまじと見た。
"昼間も星が見えれば良いのにな…"
友梨は青空を見ながらふと思った。
太陽が出ている昼間の晴天の空は、鮮やかなブルーでそれはそれで綺麗なのだが…逆に、その青しかない。
それに引き替え太陽のない夜の空は暗い分、輝きの放った星達がたくさん溢れている。
友梨は特に、夏の大三角形が好きだった。
織姫で有名なこと座のベガと、彦星で知られるわし座のアルタイル、はくちょう座のデネブで結んでできる大きな三角形。
一際輝く星が作り出す空の図形だ。
織姫と彦星を繋ぐ三角形の図形は、空の目印である。
友梨は辺りが暗くなると自然とその目印を探してしまうのだ。
友梨が体育座りのまま呆然と空を眺めていると、屋上の扉が開く音がした。
友梨がビックリして振り向こうとした瞬間、突然後ろから抱きしめられた。
「・・・っっ!!」
友梨は驚き固まったが、それが誰なのかはすぐに分かった。
友梨の目の前に回された左手の甲にあるほくろだ。
小さなほくろが三つ。
その小さな三つのほくろは、まさに夏の大三角形と同じ形を作っている。
それは、蓮の手であった。
「蓮…」
友梨が思わず呟いた。
「よく分かったじゃん…」
蓮が静かに言う。
「左手…」
「・・っ。よく覚えてたな、俺の手」
「そりゃあ、珍しいもん…」
「そっか…」
「っていうか…離れてくれない?」
友梨は照れているのを誤魔化すかのようにぶっきらぼうに言う。
「・・がっかりした…?」
蓮がポツリと呟いた。
「え…?」
「こうして来たのが、たこ焼きの時の奴じゃなくて…」
「何言ってんの…」
友梨が苦笑いしながら蓮を見た。
すると、蓮と至近距離で顔を合わせ友梨は驚き固まった。
「何その頭…可愛すぎ…」
蓮はそう言うと、すかさず友梨に唇を合わせた。
「…っっ!!」
友梨は驚くと一気に顔が真っ赤になり固まった。
「…っっ、ちょ…ちょっと…」
しばらくして友梨は我に返ると蓮の身体を押しのけた。
「…ごめん…」
蓮が呟く。
「・・・っ」
友梨は動揺する自身の気持ちを抑えた。
友梨の鼓動が蓮に聞こえてるんじゃないかと思うほどに激しく振動する。
「さっきの…たこ焼き屋…。俺、すっげぇ…嫉妬した…」
蓮が俯いた。
「・・・っっ」
「嫉妬って…辛いな…ごめん…」
蓮が真面目な口調で言う。
そんな蓮の様子に友梨は驚きながら見つめた。
蓮は顔を赤くしながら真っ直ぐ前を見ていた。
「・・・やっと…私の気持ち分かった?」
友梨も真っ直ぐ前を見ながらぶっきらぼうに言った。
「うん…ごめん」
蓮がポツリと言った。
元気ない蓮の様子を見た友梨はゆっくりと口を開いた。
「…分かれば良いのよ…分かれば。ちなみに…蓮が心配してるような事はないから…。一応言っとくけどね、一応ッ!」
友梨はそう言うと立ち上がり背伸びをした。
「え…」
蓮は驚いたように友梨を見た。
「それにー・・昼間でも見れた、大三角形」
友梨は蓮の左手を指差しながら言うとニカッと蓮に笑顔を向けた。
久しぶりに無邪気な笑顔を自分へ向ける友梨に、蓮は心を奪われ思わず友梨の手を引っ張った。
「うわぁ…ちょっと…」
友梨はバランスを崩し蓮に抱きつく形になった。
蓮はすかさず友梨を抱きしめた。
「え、ちょっと…蓮…」
友梨は身体を離そうとした。
「もうちょっと…。もうちょっとこのまま…」
蓮は友梨を抱きしめながら呟いた。
「・・・っっ」
友梨は何も言えなかった。
「あの時から…三ヶ月経った日に…この場所で…また俺の話聞いて…。絶対に今と変わらない…俺の気持ち…」
蓮は静かに言った。
蓮の鼓動が友梨にも伝わってくる。
友梨の鼓動も共鳴している。
「・・・っっ、…うん…」
友梨は顔を赤くし静かに呟いた。
「・・・っ」
その時の二人の会話を、銀一が屋上の扉の向こうで静かに聞いていた。
銀一は浮かない表情で俯いた。
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