昼間の大三角形

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休み明け- 朝、銀一は千恵に声をかけた。 「樋口さん…」 「ん?どうしたー?」 千恵はキョトンとしながら銀一を見つめた。 「樋口さんって…その…例の彼氏とは…まだ付き合ってるんだよ…ね?」 銀一は恐る恐るたずねてみた。 「うん…一応ね。かろうじてまだ振られてないけど、それがどうかした?」 千恵は苦笑いしながら銀一を見た。 「あ、いや…ならいいや。何でもない…」 銀一は辿々しく呟いた。 友梨は横で不思議そうに銀一を見つめた。 「あぁーあ、私も嫉妬する度に素直に怒れる、友梨みたいな人間だったらまだ良かったのかなーぁ…」 千恵が友梨を見ながら嘆いた。 「えぇっ!私みたいに?いやいや…私は逆に怒りすぎたせいで今ダメじゃん…」 友梨は苦笑いした。 「でも…ケンカ出来るのは、仲良いってことじゃん。私、よく考えたらケンカした事一度もないんだよねぇ」 千恵が天井を見上げた。 「千恵って…彼が相手だと気を使いすぎちゃうんだね。友達にはズバズバ言えるのに…」 友梨が不思議そうに千恵を見た。 「確かにッ。何でだろ?」 千恵は苦笑いした。 友梨と銀一は心配そうに千恵を見つめた。 すると、千恵が静かに口を開いた。 「失敗するのが…怖いのかもしれない」 友梨や銀一は目を丸くさせた。 千恵が続けた。 「恋愛って、難しいよね…。はじめは舞い上がって嬉しい気持ちだけだったのに…どんどん不安になって、ダメになるのが怖いって思っちゃう…」 千恵はいつになく真面目な口調で話す。 「千恵…」 友梨は真剣な眼差しで千恵を見つめた。 隣では永奈が心配そうに千恵を見つめていた。 「失敗しない人生なんてないよ」 突然、銀一の友人である隆ノ介が珍しく冷静な口調で話した。 銀一も驚いたように隆ノ介を見る。 友梨達も目を丸くしながら隆ノ介に耳を傾けた。 隆ノ介が続けた。 「僕達って生まれた時から手探りで生きてるんだよ。例えばさ、十桁もある金庫の暗証番号を初めから当てられる人なんていないだろ?それとおんなじさ。何回も試して分かって行くもんじゃん。それには失敗だってするし、後悔だってする。傷が付くことだって、そりゃあるさ。そんな事恐れてたんじゃ、いつまで経っても金庫は開かないんだぞ!失敗してなんぼじゃん」 隆ノ介が真面目に力説していた。 銀一達は目を丸くさせながら、お互いを見合った。 すると、千恵が気の抜けた表情をさせながら呟いた。 「確かに…そうかも」 その様子に友梨も銀一と目を合わせ少し表情を緩めた。 すると、隆ノ介は銀一に向かって言う。 「失敗してなんぼだぞ!!」 隆ノ介はそう言うと、銀一の肩にポンッと手を乗せた。 「はッ?!」 銀一は険しい顔で隆ノ介を見た。 すると、友梨の友人、永奈が隆ノ介に声をかけた。 「長谷くんって…柔らかいね」 永奈が目を丸くさせながら隆ノ介を見る。 「え、柔らかい?」 隆ノ介がキョトンとする。 「うん。考え方が柔らかい。考えが柔らかい人って優しいよね!」 永奈はそう言うとニコッと笑った。 「・・そう…かな?」 隆ノ介は若干頬を赤くししおらしくなった。 そんか隆ノ介の様子に友梨や銀一は目を細めた。 -- 昼休み- 友梨はお弁当を忘れ、購買に来ていた。 友梨は、パンのコーナーを凝視する。 "玉子サンド" それは、玉子焼きがサンドされているパンである。 友梨は玉子サンドが一つだけ残っているのを発見すると、手を伸ばした。 すると、横から同じように誰かが玉子サンドに手を伸ばして来る。 "はっ!" その手は、手の甲に小さなほくろが三つあった。 友梨が慌てて顔を上げた。 「あ…」 やはり、蓮であった。 友梨はすかさず手を引っ込め呟いた。 「どうぞ…」 すると蓮も手を引っ込め呟く。 「いいよ…お前が買えよ」 友梨「いいよ、蓮が買いなよ」 蓮「俺はいいよ、別の買うし」 友梨「いいから!私が別の買う」 すると、しびれを切らした蓮が購買の店員さんに声をかけた。 「じゃあ、これとこれください!」 そしてすかさず蓮は友梨に向けて言った。 「友梨、昼付き合えよ」 「え…」 友梨は呆然としてると、蓮はパンを二つ購入し スタスタと歩いて行く。 友梨はチラッと蓮が買ったパンを見た。 「…っ!」 友梨は慌てて一つのパンを買い、蓮の後を付いて行った。 二人は、裏庭にあるベンチへとやって来た。 「ん」 蓮は玉子サンドを半分に割り友梨に差し出して来た。 「え…」 友梨は目を丸くしながら玉子サンドを見ると続けた。 「いいよ…蓮が全部食べなよ…」 友梨は口を尖らす。 「いいから、食えよ」 蓮は顔を逸らしながらぶっきらぼうに言う。 「蓮はこれだけじゃ足りないでしょ?」 友梨は蓮の顔を覗く。 「えっ…」 蓮はギクッとする。 「蓮が買ったもう一つのパン、蓮食べれないやつじゃん」 友梨が目を細めた。 それは、蓮が苦手な甘いパンのチョココロネであった。 ちなみに、友梨の好物であった。 「…っっ」 蓮は恥ずかしそうに顔を逸らした。 「はい」 友梨は、自身が買ったパンを蓮に差し出した。 「え…」 蓮はそのパンを見るなり目を丸くする。 それは、蓮がパンを買う時はいつも買っていた焼きそばパンであった。 「それと交換」 友梨はポツリ呟いた。 「…っっ、うん」 蓮は顔を少し赤くしながら嬉しそうにした。 ちなみに、蓮と友梨の好みが唯一合ったパンが玉子サンドであった。 「忘れてなかったんだ…」 蓮が静かに言う。 「それはこっちのセリフ」 友梨も静かに言った。 蓮と友梨は少し表情を緩めると、小さく笑った。 -- 「あれ、花城さんは?」 一方その頃、銀一が千恵にたずねていた。 「あー…」 友梨から連絡を受けていた千恵は一瞬正直に話そうとしたが、銀一に気を使いこう応えた。 「なんか用事があるから違う所で食べるみたいだよー」 「そう…なんだ…」 銀一は呆然としながら呟いた。 「…っ」 千恵は気まずそうにチラッと銀一の顔を見た。 銀一は少々浮かない表情を浮かべていた。 すると永奈が明るいトーンの声を上げた。 「わー!長谷くん、お弁当に入ってるタコさんウインナーかわいいね」 永奈が目を丸くさせながら隆ノ介の弁当をまじまじと見ている。 すると隆ノ介が口を開いた。 「あ、これ…実はあるアニメに出てくる敵キャラのタコファイアって奴をイメージしてるんだ…」 千恵と永奈は目を丸くさせながらタコのような形をしたウインナーに目が釘付けになる。 銀一は冷めた表情でウインナーを見つめた。 「え…もしかして、そのお弁当…長谷くんが作ってるの?」 永奈が少し身を乗り出した。 「うん。一日の楽しみの為に、朝は弁当作りに全力を注いでるんだ」 隆ノ介は照れながら言う。 「すごい…。え…本当にすごい!!」 永奈が感激しながら声を上げた。 永奈の驚きっぷりに隆ノ介は照れ笑いした。 「へぇー、長谷も意外な特技があったんだ」 千恵は小さく笑みを浮かべながら言った。 「ハァー・・」 すると隆ノ介の隣で大きくため息をつく銀一。 「…っっ」 そんな銀一に、千恵はかける言葉が見つからなかった。 「タコファイアなんてキャラがいるなんて初めて知った」 そんな銀一と千恵の二人をよそに、永奈の興味は隆ノ介の弁当へと注がれていた。 「うん。コイツは火炎放射器の特性を備えてる機械合成怪人なんだよ」 隆ノ介は真面目に説明している。 「へぇー!おもしろそう」 「・・・」 千恵はそんな隆ノ介と永奈の二人を見ながら思った。 "平和だな…" -- 「そういやーさ…友梨の友達、樋口だっけ?アイツって俺のクラスのヤツと付き合ってんだよな?」 蓮が思い出したように辿々しく友梨にたずねる。 「・・うん。…それがどうかした?」 友梨はキョトンとしながら蓮を見る。 「あー…そう。いや、別に…」 蓮は気まずそうに顔を逸らす。 「・・?朝、向島くんも同じようなこと千恵に聞いてたんだよねー…」 友梨が思い出すかのように空中を見る。 「えぇっ!!アイツも!?」 蓮が酷く驚いた顔をさせた。 そんな蓮の様子に、友梨は首を傾げながらたずねた。 「なんかあった?」 「…っっ、いや…別に…」 蓮は目を逸らしお茶を一気に飲み干した。 「・・?」 友梨は不思議に思いながらも、釣られてお茶を一口飲んだ。 しばらくして友梨と蓮はお昼を食べ終え、教室へ戻ろうとした。 すると蓮が慌てて友梨に声をかけると、辿々しく言った。 「なぁ友梨。今日の…放課後、暇?一緒に…その、帰ったり…」 「無理」 友梨は即答した。 「え」 あまりの即答に蓮の顔が真顔になる。 「今日、私日直だから放課後はやる事あるし、忙しいの」 友梨は淡々と話す。 「日直…。ふーん・・・え、それって誰と?」 蓮がすかさずたずねる。 「・・・っ、だ…誰だって良いでしょ」 友梨はツンとしながら歩いて行った。 「・・・」 蓮は、友梨の一瞬の間に心をざわつかせていた。 -- その日の放課後- 友梨と銀一は日直の為、放課後残って日誌などを記入していた。 そして二人は、いつぞやのように大量のプリントを職員室まで運ぶよう先生に頼まれていた。 誰もいなくなった教室で、日誌を記入し終えた友梨と銀一はいよいよプリントを運ぼうとした。友梨が大量のプリントを抱えようとした瞬間、友梨は手をすべらせプリントをばら撒いてしまった。 「うわーっ、やっちゃったー」 友梨は頭を抱えた。 「アハハッ!大丈夫。拾おうかッ」 銀一は笑顔でそう言うと、プリントを回収し始めた。 「ごめんね…向島くん。余分な仕事増やしちゃって」 友梨は申し訳なさそうにしながら一緒にプリントを回収する。 「いいよ。前は廊下で、花城さんにプリント拾ってもらったし」 銀一は笑顔を向けた。 「あぁッ!あったね。懐かしい…。あの時はまだ向島くんの顔見えてなかったね」 友梨は笑顔で話した。 「あれがきっかけで、俺もずいぶん変わることができた…」 銀一は照れながら呟いた。 「本当に良かった。向島くんの世界を変えることが出来て」 友梨はニッコリ笑った。 「・・・」 友梨の満面の笑顔を見た銀一は、おもむろに友梨の手を握った。 「・・!?」 友梨は驚きながら銀一の手を見つめた。 「花城さん…。やっぱり…俺、花城さんのこと…」 銀一は友梨の顔を見つめながらそう言うと、自身の顔を友梨の顔へと接近させた。 「・・・!!」 近づいてくる銀一の顔に驚き、友梨は固まってしまった。 すると… ドンッ!… 突然誰かに、友梨は後ろへと追いやられた。 「・・・っ!?」 友梨はビックリして銀一の方に目を向けた。 「え…」 友梨はある光景に驚愕し固まった。 それはなんと、友梨の目の前でキスをする銀一と蓮の姿だった。 銀一も目を見開き硬直している。 「…っっ、プハッ!危ねぇー…。ったく…お前、何唇奪われそうになってんだよッ!」 蓮が友梨を睨みつけギリギリと怒っている。 「れ、蓮…」 友梨は呆然と蓮を見つめた。 「おめぇも何恋人でもねぇ女の唇奪おうとしてんだよッ!」 蓮は銀一にもギリギリと怒った。 「蓮も人の事言えないけどね…」 友梨がポツリと呟いた。 すると蓮は文化祭の時の屋上での出来事を回想した。 「・・・っっ」 蓮は何も言い返せなかった。 「・・俺と久岡くんも…恋人じゃないんだけど…」 銀一は放心状態になりながら呟く。 「チッ…俺だってお前とのチューは不本意なんだよッ!ったく…油断も隙もねぇなッ!」 蓮は苛立ちながら言う。 「本に…こんな事書いてなかった…」 銀一が少々涙目で言う。 「ん?本?」 友梨がキョトンと銀一を見る。 「これは不測の事態だからしょーがねぇだろッ!何でも教科書通りに行くと思うなよッ」 蓮は銀一にガミガミ怒っている。 「ん?教科書?」 友梨がキョトンとしながら蓮を見た。 「・・・・」 放心状態になっている銀一と、ギリギリ怒る蓮の二人を見た友梨はポツリと呟いた。 「何か…二人とも、ごめんね…。いろんな意味で…」 銀一「・・・」 蓮「・・・っ」 「っていうか、蓮…何でここに…」 友梨は蓮を見つめた。 「…っ。・・た、たまたま通りかかったんだよッ!つーか、俺の第六感ナメんなよ!」 「第六感??」 友梨はキョトンとしながら蓮を見た。 「…っっ」 蓮は、お昼の時に感じた胸騒ぎを信じて良かったと思っていた。 これからも、自分の直感に従おうと心に誓う蓮なのである。 「・・っていうかお前…隙あり過ぎッ!ぼーっとしてんじゃねぇよッ!」 蓮は慌てて話を逸らし誤魔化す。 「ハイハイ、すみませんでした」 友梨がツンとする。 「…っ。この散らかったプリント運ぶんだろッ。早くしろよ」 蓮はそう言うと、プリントを集め出した。 プリントを拾う蓮の手を見た友梨はハッとした。 友梨は忘れていた懐かしいある光景を思い出した。 「・・・」 友梨は呆然と蓮の左手を見つめた。 「何だよ…」 蓮が友梨をチラッと見る。 「…っ!べ…別に…」 友梨は赤くなった顔を逸らした。 そんな友梨を見た銀一はポツリと呟いた。 「・・花城さん…ごめん…」 「えっ!あぁ、ううん。気にしないで…。私は大丈夫だから…」 友梨は慌てながら言うと苦笑いした。 蓮はそんな友梨をチラッと横目で見た。 何とかプリントを回収し職員室まで届けると、友梨と蓮は銀一と別れ二人きりになった。 「・・・・」 友梨と蓮の間にはしばらく沈黙が流れた。 すると蓮が静かに口を開く。 「アイツ…まだ友梨の事、好きみたいだな…」 蓮が俯いている。 「・・・っっ」 「友梨は…アイツの事、どう思ってんだよ…」 蓮がチラッと友梨の顔を覗いた。 「私は…ただ友達って思ってるだけだよ…」 友梨は静かに呟いた。 すると、蓮は思わず友梨の腕を引くと力強く抱きしめた。 「・・・っっ!!」 突然の蓮の抱擁に友梨は驚いた。 「・・ごめん…フェイント…」 蓮が呟いた。 「・・っっ」 「もうすぐだな…」 蓮が静かに呟く。 友梨はそのまま黙って蓮の言葉に耳を傾ける。 「約束の日…放課後に屋上で待ってるから…」 蓮はそう呟くとそっと友梨から身体を離し、そのまま俯きながら去って行った。 「・・・っ」 友梨は呆然と蓮の後ろ姿を見つめた。 友梨は、先程プリントを拾う蓮の左手の甲にある三つの小さなほくろを見た瞬間、胸がキュンとなった感覚を思い出した。 友梨が蓮と付き合う前、蓮を庇って先生に反論した時も、雨の日に傘を貸した時も、友梨がなぜ蓮の顔を見てなかったのか…ようやく思い出した。 友梨は蓮の左手の甲にある三つの小さなほくろを見ていたのだ。 友梨が大好きな星座である夏の大三角形に似ているほくろ。 蓮から告白を受けた時も友梨が見ていたのは蓮の小さな大三角形だった。 友梨は蓮から告白される前から、蓮のその左手に惹かれていたのだ。 "蓮が先に私を好きになったんじゃない…私が先に蓮を好きになってたんだ" 友梨は蓮と付き合い出してからイケメンすぎる蓮の顔とモテ男ぶりに気を取られ嫉妬しているうちに、蓮の左手に対する感情を忘れてしまっていたのだ。 なぜ蓮の左手に惹かれたのかも忘れてしまっていた。 「ちゃんと言わないとな…蓮にも、向島くんにも…」 友梨はポツリと呟くと、何か決心したように力強く拳を握った。
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