悪徳警官

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「しまった!」  右折した瞬間、警察官の青い制服が目に入った。指揮棒で停止位置を案内される。覚悟を決めて停車し、窓を開けた。 「はい、指定方向外進行禁止違反です。免許証を見せてください」  しぶしぶ免許証を見せる。警察官の顔を間近で見ると、若い。明らかに俺より年下で、まだ二十代だろう。これならいけるかもしれん。 「ご苦労様です。でも、違反はしていません」 「ここは右折禁止ですよ」 「いや、先週もこの道を通ったんですけど、他の車も右折していましたよ」 「ここは8時から20時までは時間帯右折禁止なんです。今は19時10分過ぎですよ」   そうだったのか。しかし、たかだか数十分の違いじゃないか。ねばってみるか。 「だけどね、それなら、待ち伏せみたいに取り締まるんじゃなくて、たとえば、標識の前に立っていて注意を促せば、俺たちも違反をしなくても済むんじゃない?」 「それは本官のあずかり知らぬことです」 「これじゃ、まるで検挙するのがノルマみたいじゃない?」 「それは警察署に言ってください。本官に言われてもどうしようもありません」  若い警官は明らかにむっとしている。面倒くさいやつを捕まえた、と後悔しているだろう。見逃してくれるかもしれない。 「じゃあ、こうしませんか? 私も今回の件は反省しています。でも、時間帯で右折禁止になるって知らなかったんですよ。実際、あの標識は見にくいですからね。次回から気をつけますから、今回は見逃してくれませんか?」  すると、警官は黙った。これはうまくいくかもしれないぞ、そう思った時だった。警官は顔を近づけてきてささやいた。 「チャンスをあげましょう。一回しか言いませんからよく聞いてください。今すぐ四千、現金で払ったら、見逃します。青切符も切りませんし、点数の減点もありません。ただし、このことで訴えたら、後が面倒なことになりますよ。質問は受け付けません。十秒以内に決めてください」  えっ、悪い冗談か、と警官の顔を見た。警官は無表情だ。口元で一、二、三、と声を出さずに、数を数えだした。どうする、どうする、と頭の中で考え、七千より四千の方がましだ、と計算した。  俺はあたりを見て、財布から現金四千円を取り出して、警官にそっと渡した。そのとき、素早く胸の識別番号のうちの三桁の個人番号を覚えた。  警官はさりげなく現金を受け取り、何もなかったように、「では、気をつけて運転してくださいね」と笑顔で敬礼をした。  気が変わらないうちに、と俺は慌ててその場を去った。角を曲がると車を停め、個人番号をスマホにメモった。  国道に出てから渋滞にはまった。のろのろ運転をしながらさっきの出来事を考えると、無性に腹が立ってきた。公務員のくせに賄賂を受け取っていいのか。ただで見逃してくれると思っていたのに。あんな悪徳警官がはびこれば我が国の将来はどうなるんだ。次々に怒りの感情が湧いてくる。  怒りが沸点に達したとき、ファミレスが目に入った。迷わずハンドルを切り、駐車場に車を停めた。家まで辛抱できない。俺はコーヒーを注文すると、すぐにスマホのツイッターを開き、つぶやいた。 「悪徳警官を許すな。今日俺は時間帯右折禁止で捕まった。こんな待ち伏せはおかしいと警官に訴えて、見逃してくれと頼んだ。すると、警官は、四千で見逃してやると言った。不本意だが俺は四千払った。しかし、これはおかしい。あいつの個人番号を後でさらしてやる」  さあ、これでよし。反応が楽しみだ。俺はコーヒーを飲み干して家に帰った。  一風呂浴びて晩酌し、妻と食事を楽しんだ。さあ、自分の部屋でスマホを見るとするか。  ツイッターに43件も入っている。おうおう、バズってるぞ。俺は頬がゆるむのを感じながら、ベルマークをタップした。 「悪徳はお前だ! 自分は金を払って罪を逃れて、正義の味方気取りか。笑わせるな」 「恥を知れ! 俺も時間帯右折禁止で反則金を払ったんだ。お前だけなぜ助かるんだ!」 「馬鹿野郎! 俺なら喜んで四千払う。そんないい警官を告発するな」 「止めろ! お前のおかげで助かる違反者が増えてしまうんだぞ。何考えてるんだ」 「警官の個人番号をさらしたらただではおかんぞ! 覚悟せいや」 「お前の実名さらしたろか! すぐたどれるんだぞ」  恐ろしくなった時、次のツイートが目に入った。 「お気持ちわかります。でも理不尽な規則にも必ず理由があるはずです。規則を守らなければ、いつか事故を起こします。それを未然に防ぐための警鐘だったと考えませんか?」  納得して、俺は裏アカを削除した。
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