全ては上質なスパイスのために

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「いらっしゃいませ」 「おう! 久しぶりだな、マスター。美味いカレーを1つ、大盛りで」 「お口に合うと良いのですが……」 「なんだどうしたんだ? 何かあったのか?」 「まあ1口お食べください」 「じゃあ早速……パクッ……もぐもぐ……なんじゃこりゃ!? マスター! どういうことだ! 俺はカレーを食いに来たんだぜ!」 「カレーでございますよ」 「こんな甘いカレーがあってたまるか!」 「仕方がありません。カレーの大事なスパイスである『怒り』ですが、最近こんなものしか手に入りません。そういう時代でしょうか? 「どういう時代なんだ?」 「ろくな努力もせず親に甘え、世間へ過度の期待をし、それが叶えられないと『怒る』。それはもう駄々っ子のような甘えた『怒り』ですので、こんな甘いスパイスになってしまうのです」 「なんて世の中だ。ああでもよ。高齢化が進んで、激動の時代を生きた老人どもが多く生き残ってんだ。そんな老人どもの『怒り』なら、最高のスパイスになるんじゃないか?」 「いえいえ。ご老人の『怒り』は、駄々っ子より食べられたものではありません。脳の機能不全により、すぐに『怒り』を爆発させるものの、今度は深い『悲しみ』の感情に支配される。そうなると、辛味より苦味の強いスパイスになってしまい、とてもカレーには使用できません」 「なんてこった。嫌な時代になっちまったなぁ……」 「そういえば、お久しぶりのご来店ですが、お仕事お忙しいのですか?」 「あー……ひどい時代になったもんだぜ。人間の魂ってのはさ、深い悲しみや絶望に陥るほど、その魂の価値は上がるってのに。『死にたい』って思いながら、しぶとく生き続ける。やっと死ぬ気になったかと思いきや、自分を殺す勇気もねえ。だんだん感情がなくなって、ほとんど空っぽの状態になったあげく、ふらふらと車道に飛び出てトラックに轢かれ、やっとの回収。時間がかかる割に身入りがねえ。最近、こんなんばっかりだ」 「それはそれは。心中お察し申し上げます」 「なんとかならねえもんか?」 「そうですね」 「俺はさ、マスターの辛いカレーが好きなんだ」 「ありがとうございます」 「理不尽な仕打ちや不運な人生を呪い、恨み、憎み、世界を焼き尽くすほどの強烈な『怒り』をスパイスに作る激辛カレーがさ」 「左様でございますか」 「親や世間に怒ってるのに、わめき散らすだけでスッキリすんなよ、甘っちょろい。親でも殺せ、無関係な人間を殺傷してみせろ! 自暴自棄な身勝手な行動が、世間の『怒り』を煽り立てる」 「左様でございますね」 「脳の機能不全? そんなの知ったこっちゃねえ。長く生きたってだけで偉いんだ。偉い奴の言うことを聞かねえ若い奴らがおかしいんだ。その『怒り』は正当なもんさ。悲しむ必要なんてありゃしねえ」 「ごもっともで、ございます……」 「マスター、どうかしたか?」 「お客様。当店、しばらくお休みさせていただこうと思いますが、よろしいでしょうか?」 「マスター! やっと本業に戻る気になったのかい?」 「失礼ですね。カレー店が私の本業でございます。美味しいスパイスが足りなくなった時に『悪魔』の仕事をしているだけでございます。ただ、私が副業の『悪魔』の仕事に着手すると、『死神』であるお客様の仕事がかなり大変になると思われますが」 「そんなん、願ったり叶ったりさ! もう空っぽの魂の回収に、飽き飽きなんだ! 誰かを憎み、世を恨み、神を罵倒しながら世界を地獄の業火で焼き尽くす。そんな世の中にしてくれよ!」 「承知いたしました。私も、最近の質の悪いスパイスにほとほと呆れ、憤りを感じておりました。ではご一緒に参りましょう、死神さま」 「おう、悪魔さんよ!」 「「世界に怒りの炎を撒き散らすために」」
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