Scene 1 そこはかとないイラ立ち

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 鏡台の上に置かれた黒縁のメガネに挨拶をするのが、すっかり日課になってしまった。 「おはよ……」  朝一番の声は力がなくかすれていて、永瀬(ながせ)ほたるは咳払いをした。続けてメガネを手に取り、慎重に耳へ掛ける。  彼女は鏡の中の自分を見つめ、小さなため息を吐いた。    相変わらず、似合ってないな……  スクエア型をしたメガネの位置を微調整し、逃げるように鏡面へ背を向ける。  家族に声を掛けて玄関を出ると、柔らかい風がほたるの長い黒髪を揺らした。  高校に入学して約1か月、穏やかな週明け。  通いなれた道……だけど、今日は違和感を覚えて無意識に足を速めた。  まだ、来ないのかな?  いつもは十字路をすぐ左に曲がるけれど。ほたるは、少し進んで誰かを捜すように右側を振り向いた。
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