1人が本棚に入れています
本棚に追加
あけもどろに紛れた君を
「久し振り」
不意に声をかけられ、俺は振り向いた。
そこには、あの時よりも随分大人びた、君が立っていた。
「菜月...」
「7年ぶりくらいだね」
菜月は高校の同級生で、卒業後、地方の大学に行き、教師になったと聞いていた。
そして菜月は、俺が高校の時の、片想いの相手でもあった。
「ねえ、こんなところで何してんの? まだ朝の4時だよ?」
言われて初めて、気付いた。
俺は、何をしていたんだ?
朝の4時に、街のど真ん中で立ち尽くしていた俺は、菜月に声をかけられる前のことを、全く思い出せない。
なのに、どこか胸が締め付けられるのは、なぜだろうか?
「ま、ちょうどいいや、買い物手伝って」
「え、ちょっ...」
菜月に連れていかれた俺は、1日中、菜月のやりたいことに付き合わされ、気がつけば、夜中の12時を回っていた。
「菜月、終電大丈夫なのかよ」
「え?泊めてくれるんでしょ?」
「は?なんでだよ」
「こんな時間に、こんな可愛い女の子を1人で帰らせるつもり?」
「自分で言うなよ...」
―――
結局、俺の家に泊まることになった菜月は、俺のベッドの上に座り、静かに本を読んでいた
「未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか」
菜月は、ベッドの上で、呟いた
「え?」
「今読んでる本のテーマなの。"あけもどろ"っていうタイトルなんだけどね。未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか。その答えを、主人公は、あけもどろの中で見つけるの。」
ふうん、と俺は返す。
「どっちが難しいと思う?」
「そりゃあ、過去だろ。過去に戻ることは出来ないけど、未来なら、今何かを変えれば変えることが出来るし」
ふふっと飛鳥は笑い、俺の目を真っ直ぐに見た。
「じゃあ、確かめてみる?」
「え、どうやって?」
「私を、抱いて?」
あまりにも、菜月が淡々と言うもんだから、俺はその言葉を理解するのに、時間が掛かった。
「は?いや、なんで?」
「だから、確かめるためだって。未来と過去、どっちが難しいのか」
「いや、意味わかんねえよ。なんで菜月を抱いたら答えがわかるんだよ」
「ほら、つべこべ言ってないで! 私の事、好きだったんでしょ?」
それを言われて、俺は何も言えなくなった。
好きな人に抱けと言われて、断れる男はいないだろう。
俺は、ゆっくりと、菜月に近づく。
「本当に、いいのかよ...」
「私から誘ったんだから、いいに決まってるでしょ」
菜月の頬に触れる。
「下手くそとか言って、怒るなよ」
「それは、君次第だよ...」
優しく、口づけを交わした俺たちは、そのまま、徐々に深く潜っていく。
深く、深く、もっと深く...
愛の渦に、沈んでいった。
―――
「死んだ?」
「うん、もう2年前だよ?そういえばあんた、菜月のお葬式来なかったよね」
菜月の友人で、高校の同級生だった美月に、電話でそう告げられた。
そんなはずは、ない。
俺は確かに、昨日の夜、菜月を抱いた。
朝、目が覚めると、"またね"と書かれたメモが、枕元に置かれていた。
「自殺だったらしいよ」
「は?自殺?」
「うん、噂だけどね。なんか、彼氏でもない男とワンナイトでデキちゃって、教師としての立場を失うのが怖くて自殺したって。そういえばあんた、菜月のこと好きだったよね。なんか聞いてないの?」
携帯が、俺の手から、するりと落ちた。
"ねえ、聞いてる?"という美月の声が、遥か遠くから聞こえる。
もう、何も、考えたくない。
何も、考えられない。
何も―――
―――
気が付くと、俺は外にいて、フラフラと、街を歩いていた。
まだ辺りは暗い。
"未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか"
結局、どっちが難しいんだ?
菜月の妊娠と自殺は過去
俺が菜月を抱いたのは未来
いや、逆か?
もう、分からない
何も、分からないんだ
立ち止まって見上げると、少し明るくなり始めていた
空が、あけもどろに包まれる
主人公はこの中で、答えを見つけたらしい。
俺には、見つけることは出来ないだろう。
俺は、立ち尽くして
あけもどろに紛れた君を
いつまでも、探している
「―――久し振り」
不意に声をかけられ、俺は振り向いた――
最初のコメントを投稿しよう!