あけもどろに紛れた君を

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あけもどろに紛れた君を

「久し振り」 不意に声をかけられ、俺は振り向いた。 そこには、あの時よりも随分大人びた、君が立っていた。 「菜月...」 「7年ぶりくらいだね」 菜月は高校の同級生で、卒業後、地方の大学に行き、教師になったと聞いていた。 そして菜月は、俺が高校の時の、片想いの相手でもあった。 「ねえ、こんなところで何してんの? まだ朝の4時だよ?」 言われて初めて、気付いた。 俺は、何をしていたんだ? 朝の4時に、街のど真ん中で立ち尽くしていた俺は、菜月に声をかけられる前のことを、全く思い出せない。 なのに、どこか胸が締め付けられるのは、なぜだろうか? 「ま、ちょうどいいや、買い物手伝って」 「え、ちょっ...」 菜月に連れていかれた俺は、1日中、菜月のやりたいことに付き合わされ、気がつけば、夜中の12時を回っていた。 「菜月、終電大丈夫なのかよ」 「え?泊めてくれるんでしょ?」 「は?なんでだよ」 「こんな時間に、こんな可愛い女の子を1人で帰らせるつもり?」 「自分で言うなよ...」 ――― 結局、俺の家に泊まることになった菜月は、俺のベッドの上に座り、静かに本を読んでいた 「未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか」 菜月は、ベッドの上で、呟いた 「え?」 「今読んでる本のテーマなの。"あけもどろ"っていうタイトルなんだけどね。未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか。その答えを、主人公は、あけもどろの中で見つけるの。」 ふうん、と俺は返す。 「どっちが難しいと思う?」 「そりゃあ、過去だろ。過去に戻ることは出来ないけど、未来なら、今何かを変えれば変えることが出来るし」 ふふっと飛鳥は笑い、俺の目を真っ直ぐに見た。 「じゃあ、確かめてみる?」 「え、どうやって?」 「私を、抱いて?」 あまりにも、菜月が淡々と言うもんだから、俺はその言葉を理解するのに、時間が掛かった。 「は?いや、なんで?」 「だから、確かめるためだって。未来と過去、どっちが難しいのか」 「いや、意味わかんねえよ。なんで菜月を抱いたら答えがわかるんだよ」 「ほら、つべこべ言ってないで! 私の事、好きだったんでしょ?」 それを言われて、俺は何も言えなくなった。 好きな人に抱けと言われて、断れる男はいないだろう。 俺は、ゆっくりと、菜月に近づく。 「本当に、いいのかよ...」 「私から誘ったんだから、いいに決まってるでしょ」 菜月の頬に触れる。 「下手くそとか言って、怒るなよ」 「それは、君次第だよ...」 優しく、口づけを交わした俺たちは、そのまま、徐々に深く潜っていく。 深く、深く、もっと深く... 愛の渦に、沈んでいった。 ――― 「死んだ?」 「うん、もう2年前だよ?そういえばあんた、菜月のお葬式来なかったよね」 菜月の友人で、高校の同級生だった美月に、電話でそう告げられた。 そんなはずは、ない。 俺は確かに、昨日の夜、菜月を抱いた。 朝、目が覚めると、"またね"と書かれたメモが、枕元に置かれていた。 「自殺だったらしいよ」 「は?自殺?」 「うん、噂だけどね。なんか、彼氏でもない男とワンナイトでデキちゃって、教師としての立場を失うのが怖くて自殺したって。そういえばあんた、菜月のこと好きだったよね。なんか聞いてないの?」 携帯が、俺の手から、するりと落ちた。 "ねえ、聞いてる?"という美月の声が、遥か遠くから聞こえる。 もう、何も、考えたくない。 何も、考えられない。 何も――― ――― 気が付くと、俺は外にいて、フラフラと、街を歩いていた。 まだ辺りは暗い。 "未来と過去、変えるのが難しいのはどちらか" 結局、どっちが難しいんだ? 菜月の妊娠と自殺は過去 俺が菜月を抱いたのは未来 いや、逆か? もう、分からない 何も、分からないんだ 立ち止まって見上げると、少し明るくなり始めていた 空が、あけもどろに包まれる 主人公はこの中で、答えを見つけたらしい。 俺には、見つけることは出来ないだろう。 俺は、立ち尽くして あけもどろに紛れた君を いつまでも、探している 「―――久し振り」 不意に声をかけられ、俺は振り向いた――
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