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※ ※ ※
セミダブルのベッドの上で裸になった彼女が私の肩に頬を寄せた。彼女は服を脱いだ後でさえも隙がないように思えた。まるで見えない透明の膜がピッタリと彼女の皮膚を覆うかのようにして、彼女を守っている。
「今私たちがこうして寝ているのは、偶然かしら?」
彼女の息が私の産毛を揺らした。
「どうだろう。これが君の計画の内になければ、偶然と言っても良いかも知れない。」
「そうね。計画か。それならある意味では計画的ではあるのよ。」と笑いながら言って、乱れた髪を片手でかきあげた。いつのまにか彼女の頬は私の肩を離れて、彼女の肘をついた腕に支えられていた。
彼女は必然ということに拘りを持っているようだった。彼女が偶然という言葉を口にする時、それはいつも必然の否定ということを意味していた。物事には必ず原因が存在して、その結果は必然である。それは弁護士として必要な考え方ではあるのだけれど、彼女は恐らくそれ以上に個人的な傾向として、物事の因果関係に強い関心を抱いているようだった。
「私があなたに近づいたのは、私たちが裁判上同じ見解に立っているからだった。それは私とあなたの計画通りに進み、そして今こうしてベッドを共にしている。それは必然的だったようにも思えない?」
彼女は恐らく意図的に必然という言葉を使った。私たちの出会いは多くの偶然を含んでいたが、彼女はそれを必然と呼んだ。
偶然は必然の否定である。故に必然は自然に偶然を含む概念である。それが彼女の信条であるようだった。私はどのようにして彼女がその信条を得るに至ったのか知るよしもなかったが、私はそれを興味深いと思っていた。
「そうだね。でも、そもそもどうして君はこの裁判に参加したんだろう?」
必然性を追って原因を辿れば辿るほど、最後には何らかの偶然に行き着くことを私は経験的に知っていた。究極的には何事も偶然によって起こるのだ。そしてその偶然にこそ本質がある。
「怒り。」
彼女は暫くの沈黙の後、呟くように言った。
「怒り?」
「そう。公害に苦しむ人が存在することへの怒り。どうしても許せないの。どう言う訳か私は小さい頃からずっと何かに怒っているのよ。」
「そんな風には見えないけれど。」
「あまりに怒りが常態化しているものだから、きっとそれを隠すのが上手くなったのね。四六時中怒っているようでは、この世の中では生き難いでしょ。」
どんなに疑り深く探しても、彼女の表情には怒りの証拠は見つからなかった。しかし彼女の行動力の源泉が怒りなら、それは全く効率の良いエネルギーと言って良かった。
「君はどうして怒っているの?」
「それは...。」
いつの間にか彼女はベッドから立ち上がって黒の下着をつけ始めていた。私は上体だけ起こしてテキパキと動く彼女を目で追った。
「その話はまた今度ね。素敵な夜だった。じゃあまた。」
彼女の頬はさらに遠のいて、それは彼女が部屋から出ようとする横顔だった。
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