偶然性の問題

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※ ※ ※ 裁判は彼女の力もあって、原告側の全面的な勝訴となった。裁判所は石炭火力発電所と大気汚染との因果関係を認め、大気汚染と健康被害との因果関係を認めた。 「おつかれさま。良くやってくれた。」 所長が私のデスクにコンビニのコーヒーを差し入れた。 「いえ。私は何も。全て安田法律事務所の鈴木先生の活躍のおかげです。」 彼女がいなければこの裁判は負けていたかもしれない。彼女の勝訴は必然だったが、しかし同時にそうはならなかった可能性も常に存在していた。僕と彼女の邂逅もまた一時の偶然であり、そして同時に僕らにとってそれは必然でもあった。 その後、私は彼女とは連絡をとっていない。月に1度の訪問もなくなった。私たちが最後に会った夜、彼女は別の素敵な女性を連れていた。雰囲気で彼女たちが深い関係にあることが察せられた。あるいは彼女はまた男性器を取り戻したのかも知れない。私は男としての彼女を想像したが、やはり彼女は少しも変わらず魅力的だった。彼女が女であることは全く必然的ではなかった。束の間、彼女が女であって、そして私がその相手になったことは、偶然性の問題だったのだろう。 私はコーヒーを飲みながら、窓の外を見上げた。季節はすっかり秋になって、銀杏の葉が黄色く揺れていた。私は秋に銀杏の葉の色が変わらない可能性について考えてみたが、そんな世界はどうやら退屈なようたった。私は銀杏の葉が偶々秋になると色を変えることを幸運なことだと思った。なるほど、彼女の言った通り、偶然は私に力を与えてくれるようだった。 「確かに。彼女はこの裁判で随分名前を上げたな。もう別の大きな案件に取り掛かっているらしい。君も負けずに頑張ってくれ。」 そう言って所長はまた別の書類を私のデスクに積んだ。「次も宜しく頼んだよ。」150円のコーヒーの差し入れと次の仕事のファイルもまたコインの表裏であるようだった。 了
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