第一章 正義の騎士・ラビットナイトは、悪い奴を許さない

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第一章 正義の騎士・ラビットナイトは、悪い奴を許さない

「で、そいつ結局、何て言ったの?」 「今はまだ、私が未成年だから秘密にしておかなきゃ駄目だけど、私との将来はちゃんと真面目に考えてるって。だから、もう少し待ってって」  宇佐美杏奈のその返答を聞いて、鷺沼緋芽は大きくため息をついた。その理由の半分は、こちらが呆れているというのを相手に教えるためで、もう半分は実際に呆れているからである。 「あんたさぁ、それ、絶対騙されてるって」 「あの人はそんな人じゃないもん。彼は私のことを必要としてくれてるの」 「うわぁ、絵に描いたような騙される馬鹿女の台詞だ。本当に言う奴いるんだ。しかもそんなのが私の友達ときた」  ここであえて『友達』という言葉を入れたのは、呆れてはいても見捨てるつもりはないということを言外に示すためだ。同級生には、『友達』どころか『親友』という言葉さえも軽々しく使う女が大勢いる。しかし緋芽は内心、そういった軽い言葉を嫌悪していた。  自分なら、本当に友達だと思った相手にしか友達とは言わない。そして本当に友達であるなら、少々厄介なことがあったとしても、見捨てたり切り捨てたりするわけにはいかない。  そう思っている。  しかし残念ながら、目の前の鈍い友人は緋芽のそんな思いにはまるで気づいていないようだった。 「緋芽は悪い男ばっかり相手にしてるから、そんな風に捻くれたものの見方をするようになっちゃうんだよ!」 「しっつれいだなー。そりゃ私だって経験が浅い頃は悪いのに引っかかりもしたけど、今はちゃんと金を払ってくれる良い男しか相手にしてないっての」 「お金で女子高生を買ってる時点で悪い男だよ。目を覚まして!」 「金も払わずに女子高生の体だけ美味しくいただこうって男の方がよっぽど悪いと思うけど? あんたの方こそ目を覚ませ」 「私の彼氏を体だけが目当ての男みたいに言わないで!」  じゃあ他の何があるって言うのさ――そう聞こうとして、そんなことを問うたところでどうせ愛がどうとか、そんな頭の中お花畑満開な回答しか返ってこないのだろうと考え、想像しただけでげんなりしたので結局その言葉は飲み込んだ。  金で女子高生の体を買う時点で悪い男という杏奈の言葉は、少なくとも世間一般の常識に照らし合わせてみれば間違ってはいない。しかし少なくとも、緋芽は自分で納得のいく値をつけ、実際に対価としてそれを受け取っている。  かたや杏奈はどうだろう。  真実の愛。二人で紡ぐ未来。そういった彼女が受け取れると信じている対価が支払われる日は、恐らく永遠に来ない。  しかし緋芽がいくらそれを言ったところで、杏奈は却って意固地になってしまうばかりなのである。それでいて、相手の男と真面目な話をしにいく時は、こうして緋芽を待たせておくのだ。万が一、『だったら、もう別れよう』などと相手の男に言われてしまったら、誰かに泣きつかないことには耐えられないからだろう。まったく、都合の良い話だ。  そうと分かっていても、こうして付き合っているのだから、自分もたいがい都合の良い女だな――と、緋芽は内心苦笑する。 しかし本当の意味で、あるいは長い目で見て杏奈にとって都合の良い存在であるためには、このままではいけない。できるだけ早く、今の未来無き関係に終止符を打たせなくては。  そう考える一方で、金をもらって不特定多数の男性と関係を持っている自分に果たして杏奈のことをとやかく言う資格などあるのか、という思いも無いではない。資格云々の問題ではなく、友人が不幸な道を進むのを止めたいだけだと言えばその通りなのだが、向こうからすれば緋芽の方こそ不幸な道を進んでいるように見えていてもおかしくないのだ。 実際、全てが表沙汰になった場合、自身も罪に問われることをやっているのは緋芽の方だ。  考えれば考えるほど、何が正しいのか分からなくなる。 「……帰ろっか」  緋芽はとりあえず、結論を先送りにすることにした。 「あ……」  その直後、杏奈が間抜けな声をあげる。 「雨、降ってきた」  その言葉通り、開けっ放しにされていた窓から雨音が響いてくる。しかもけっこうな土砂降りだ。 「どうしよ。私今日、傘持ってきてないのに」 「あー、私も」 天気予報では、今日は一日中晴れのはずだった。最近の天気予報がここまで外れるのは珍しい。とはいえ、こういう唐突に振り出す強い雨はやむのも早い。少し待てば良いだろう。 「じゃあ、怖い話でもしながら雨がやむの待とうか」 「えっ、なんで? やだよ」 「それじゃ杏奈は、この雨の中を帰るの?」 「やむのを待つのが嫌だって言ってるわけじゃなくて……」  分かるでしょ? という目で杏奈はこちらを見てくる。どうやら、怖い話が嫌なのだと自分の口からはっきりと言うのは恥ずかしいらしい。  まだ何の話もしていないのに既に半ば涙目になっている杏奈の顔を見ていると、緋芽は嗜虐的な欲望が湧きあがってくるのを感じた。友達に対してこういうのは良くないな――とは思いつつも、その気持ちを抑えきれない。 「じゃあ、杏奈も嫌じゃないってことでOKね。なーんの話にしよっかなーっと。そうだ、あれ知ってる? 〝切り裂きラビット〟の話……」
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