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「何やってんだボケェ! この船にいる間はオレの隣からワインを欠かすなと言ってんだろがぁ! オレの言う事が聞けねぇのか、こら!」
傾けたボトルからは、グラス半分ほどの赤ワインしか出てこなかった。こんな中途半端な話があるもんか! 何のための船旅だと言うのか、まったく!
「か、会長! も、も、申し訳ありません!」
経理の山田が真っ青な顔をして、オープンデッキのベッドに寝転ぶオレの所に飛び込んでくる。
「す、すぐに代わりをお持ちいたします! で、それで、あの、何をお持ちしましょうか? ブルゴーニュですとか、もしくはソーヴィニヨンとか……?」
「知るかぁ、ボケぇ!」
手元にあった空瓶を思いっきりデッキに叩きつける。バン! と勢いよくぶつかった空瓶が細かく砕けた。
「何のためにパソコン叩くしか能がねぇ貴様にソムリエの資格を取らせたと思ってんだ! ああ? 何でもいいからさっさと持ってこんかい! この無能が!」
「す、すいません! すぐに!」
半泣きになりながら、山田が慌てて引き下がった。多分そのまま船底のセラーに走ったのだろう。
オレの怒鳴り声に、周りが気まずい雰囲気になる。
「……あ? 何だよ、揃いも揃って辛気臭ぇ顔しやがって! バケーションなんだよ、バケーション! てめぇらだって家でクソつまんねぇゲームなんぞしてるより、こうして豪華クルーザーの船旅が出来た方が有意義だろうか! ああ? 違うってのかよ!」
「と、とんでもないです! 我ら8名、会長の船にお招きを頂いて大変光栄であります!」
デッキ近くで様子を見ていた総務の佐藤が慌てて手を横に振る。
「当ったり前だ、ボケぇ! このクルーザーがいくらすると思ってんだ! 12億円だぞ、12億円! わざわざイタリアで建造させてスエズ運河を運んで来たんだ! お前らごときゴミ虫が遊べるシロモンじゃねぇんだ! せめて乗組員の真似事ぐらい、しっかり果たせや、この馬鹿どもが!」
くそが……ふざけんじゃねぇぞ! どいつもこいつも……!
ハラワタが煮えくり返って仕方ない。
あえて知らん顔をしているが、ラウンジに取り付けてある大型テレビがオレの会社についてニュースを流しているのが耳に入る。
《苛烈なパワハラが原因と思われる社員の相次ぐ自殺や、違法性のある給与体系が問題となっているアンガー商事について、帝都労働基準監督署は警察と合同で特別調査チームを編成し、全容の解明を……》
ザけんじゃねーぞ、こら! メンタル豆腐なヒョロヒョロ社員が何人死んだって、それはそいつが勝手にそうしただけだ! オレが首を絞めた訳じゃぁねぇ! そんなの知ったことか!
「あ、あの、会長。ご子息様……社長から衛星電話が入っておりますが。『元社員の自殺の件について打ち合わせがしたい』と……」
ガタガタと震える手で営業の斎藤が電話機を持ってくるが。
「知るかぁ、ド阿呆っ!」
斎藤の手から電話機を奪い取り、そのまま海に放り投げる。
ポチャン……という水音ともに、オレの安息を邪魔するツールは姿を消した。
《……なお、問題となっている仙水碇会長については、依然として行方不明とされており……》
ふん! ボケが。役所だかマスコミだか知らんがオレの周りでチョロチョロされると迷惑だから、こうして優雅な船旅を楽しませてもらってんのさ!
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